おきのどくですが ぼうけんのしょ「高校生活」は きえてしまいました
「ここが食堂でーあっちが体育館。だいたい回ったかな。転校生案内ツアー終わり! お昼食べよっか」
 昼休みの喧騒の中でもくっきりと耳に届くよう、幾分張り上げられた声。先頭を行く少女代島ゆかがくの字に腕を広げ、二つの平らな建物を指し示す。手を打ち鳴らし、赤フレームの眼鏡をくいっと上げた。
「持ち歩いちゃったママの手作り弁当、ぐちゃぐちゃになってないかなぁ」
 隣で彼女に引きずられて来た女子がしょぼくれた声を出した。ウサギみたいにふわふわした容貌の箕面深々。シャープでブラックな印象の代島さんとはビター&スイートなコントラスト。
「桐原君はお昼ないんだっけ? うちらあるから、探しておくよ」
「ありがと」
 腰まで届きそうに長い黒髪を揺らして代島さんが僕を先導する。丈の長いスカートが弧を描く。彼女は大和撫子らしいすらりとした痩身と切れ長の目をしているが、中身はジャイアンだ。
「と言うわけで深々、ミッションよ。人数分の椅子をサーチ、捕獲、死守しなさい」
「こんなに混んでるのに無理だよぉ」
 崩れ落ちそうな声で深々は抗議する。ツインテールにした髪が、心なしかしょげて見えるくらい、困惑した表情を浮かべていた。
「女でしょっ」
 凛々しく理不尽を言い放ち、僕の腕を取ってゆかは歩き出す。引きずられる僕は人混みを右に左に押しのける彼女の後ろであおりを食らってきりきり舞う。しかし突然「あら珍しい」と代島さんが立ち止まったので、僕は彼女の頭部に前歯をぶつけ、視界に血痕が飛散した。
「湯潟さんじゃん。学校来てたんだ。ふーん、湯潟さんでも食堂使うことあるんだねぇ」
 その言い方には絡むようなしつこさが潜んでいた。ゆかの忍び笑いの先には小柄な少女。つゆだけが残った空の丼鉢に向けて手のひらを合わせている。食された麺へ黙祷。うつむき加減に代島さんへ振り向いて、ジト目で応戦する。ふたりの間で一瞬火花が散って僕は狭い空間で無理矢理後ずさった。代島さんは悠々と腕を組む。
「湯潟さんてさあ、きつねうどん派? たぬきそば派? でも麺ものって一番安いメニューだよね。そんなので満腹になるの? お嬢様なんでしょ、遠慮しなくて良いんじゃない?」
 少女はカッと目を見開いて代島さんに対し嫌悪感をあらわにしたが、代島ゆかとて中身はジャイアン、まったく動じる気配を見せず少女の方に腕を回し相手の体を揺さぶりながら質問の砲火を浴びせる。絡むヤンキーの図そのものだ。対し、少女はうっと内からこみ上げる物をこらえるように口を押さえ、そのままの動作で代島さんを振り払った。
「好きな物食べることの何が悪いの」
 ちょっとこの少女、嫌な予感がする。自分から無意識に喧嘩を売るタイプだ。
「だから遠慮しなくて良いじゃん。本当にうどん好きなの?」
 しかも代島さんも引かないと来て、僕の下腹部が急に雷雲を呼び始めた。不穏な気配が漂い胃袋がきりきりと痛む。ここから逃げ出したい。
「代島さん、列並ばないと昼休み終わるんじゃない? 僕トイレ行きたいから早く並んで来なよ。場所は彼女に訊くからさ。ここまでありがとう。男抜きでお昼食べた方が楽しいでしょ」
 両手で代島さんの背中を押して少女から距離を取る。
「え? 桐原くんと一緒でぜんぜんかまわないよ。お昼いいの? キミひとりになるじゃん。それに湯潟さん案内してくれるような子じゃ」
「大丈夫行って行って。本当マジでお腹痛いから」
 冷や汗が伝う僕の顔を見て納得したのか代島さんは唇を尖らせつつも人群れの中に消えた。
「そこの出口出て右、すぐ」
 機械アナウンスが懐かしいくらい少女は淡々とトイレの場所を告げ、用は済んだと席を立つ。
「あ、ちょっと待って、君、名前なんて言うの?」
 どんぶりを載せたトレーを持った少女はさっきとは別の意味で目を円くした。食い入るように僕を見るから、何かおかしな質問をしてしまったのだろうかと思う。名前訊いただけだよな。
「湯潟京子。トイレまで案内してあげる。これ片づけてくるからそこから動かないで。この近くにトイレなんてないから」
「じゃあさっきのは」
「嘘」
 顎を突き出し、目線は斜に逃がして湯潟京子は言ってのける。
 高過ぎるプライドに振り回されるような自尊心を抱える怯えた少女。
 それが僕にとって湯潟京子のファーストインパクトだった。
- 3 -
|



INDEX/MOKUJI
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -