教頭先生のライデイン
「全くあなたたちは何を考えているんですか!? 何を? な、に、を!?」
 折り畳んだ扇子で机を叩きながら忙しなげにおばさんは声を荒げる。僕たち三人の前にあるのは、教頭と書かれた三角と、それが置かれた樫の木作りの重たそうな机だ。
「なんとか言いなさい。何を考えてこんなことしたの? 風紀を乱すため? デモ? それとも何も考えてなかったの? 考えていたかいなかったくらい答えなさい。ほら、答えて。わかるでしょう、自分のことなんですから。まだだんまりですか? もう高校生でしょう? 私の生徒はちゃんと頭を働かせることの出来る子のはずですよ?」
 矢継ぎ早に質問が飛んで来る。唾も共に飛来する。彼女は相当短気な性格をしているのか、一秒たりとてじっとしていられない様子で質問の合間にも書棚からファイルを出したり、電話を引きずって来てそのダイアルを回したりしている。
 対して深々は肩をすぼめて、ずっと涙と鼻水を飲み込んでいる。一言でも喋らせればダムが決壊して涙の滝になりそうだ。彼女の隣にいるゆかは、腕を組み不敵ににやにやと口元を綻ばせている。僕の方を見て楽しそうに手まで振った。僕は彼女がわからない。
「答えられないならいいわ、この紙にそれぞれ名前を書いてちょうだい。あ、もしもし、理事長ですか? お忙しい所申し訳ございません。おっしゃっていた通り、問題の生徒が……ええ、もちろんです、はい、今名前を書かせています。女子生徒ふたりと男子生徒ひとりです」
 ゆかが書き上げたばかりの紙を手元に引き寄せ、おばさん、もとい教頭先生は電話向こうに読み上げる。
「代島ゆか、箕面深々、桐原拓人、三人とも二年二組、あらまあ! ますますおっしゃっていた通りですわね! 二年二組。二年二組に何か心当たりでもお有りで? そう、そうでしたね、いえ、その生徒はこの中におりませんわ。理事長の娘様は、私もよく顔を知っていますもの。照合させていただきますわね」
 教頭先生が硬そうな表紙のファイルを開くと、生徒の顔写真がずらりと現れた。受話器を肩に挟み、ぱらぱらと全身を駆使してページをめくる。
「二年二組、ありました、代島ゆか、」
 写真のゆかと実物のゆかを見比べる。ゆかは眼鏡の位置を正して見せた。
「箕面深々、」
 深々がそっと顔を上げる。
「桐原拓人、桐原、あら? あなた、転校生なの?」
「今学期転校して来たばかりです」
 彼女の指さすそれは、名簿の中で一枚だけ色味が違う。新しい。
「そう桐原拓人君ね、はい。理事長、三人とも確認いたしました、代島ゆか、箕面深々、桐原拓人で間違いありません。処置はいかがいたしましょうか? はい、はい、わかりました。そうですね、初めてですし、私もそれがベターだと思いますわ。では、はい、失礼いたしました」
 受話器を案外楚々としたしぐさで置いて、教頭先生は椅子へ腰を下ろす。きっちりと机と椅子の間に己の肉体の場所を確保して、ゆっくりと眉間を揉んだ。嵐の前の静けさに相違ない。
「あなたたち」 キン、と高い早口が放たれる。
「あのような署名活動を私たち学校側は原則として禁じていません。同時に、推奨、歓迎しています。自分たちを取り巻く環境について思考を巡らせ、改善のために出来ることを行う。思考力と行動力の研鑽になります。社会に出て必ずや役に立つ経験となるでしょう。ですが、しかし、また、私たちにはあなたたちだけでなく全校生徒の健全なる育成、学習と平安と調和を保ち過ごしやすい環境を提供する指命があります。つまりどういうことかわかりますか?」
 教頭先生が僕を見た。僕は慌てて首を振ったが、彼女の視線はすでにこちらにはなく、再び話し始めていた。
「予測出来ない場所で全校生徒に影響を与えるようなことをさせないよう監督する義務があるのです。つまり、届け出もなしに署名活動を許可するわけには行かないのです」
 僕はうなだれる。僕の行為を推奨すると背中を押してから、やり方を間違えていたのだと根拠を示して説明されては反抗のしようがなかった。
「手順を踏まなかったらどうなるんですか?」
 そう問い返すゆかの楽しそうな声を聞いて僕はめまいがした。彼女は最初からわかっていた。
「反省文を書いてもらわなくてはならないか、はたまた、程度がひどければ停学処分を受けてもらわねばなりません。ですが、今回は学校の事情に詳しくない生徒もいますし、あなたたちに害意は見受けられません。特別に、今回だけは、特、別、に、お咎めなしにしてあげましょう」
「えっ!?」
 深々が小さく懐疑の声を上げた。雨に濡れてぺしゃんこになっていた髪はようやく膨らみを取り戻している。
「今回のことは水に流してあげましょうと言っているんですよ。わかったら、さっさと出て行きなさい。この場所にいる理由はないでしょう。ぐずぐずしないで。授業に遅刻します、さあ! ほら! こんな所で何をしているんですか!」
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