みじかいゆめ | ナノ
会えない時間
「号外!号外!」
夕飯の買い物に出た帰り、憲兵団の制服を着た男が新聞を配り回っていた。
受け取った住民は足を止め、号外に見入り、あちこちで塊を作っている。
どうしたのかしら?
私も気になり、お礼を言って号外を受け取った
紙面に目を落とすと、自分の恋人であるリヴァイの似顔絵が大々的に載っていた。
「指名手配書」
そう書かれた文字を読んだ時、一番最近に会った時の彼の言葉や様子が頭に浮かび、意味を理解し、それでも現実を受け入れられずにさっきまで大通りの雑踏の中にいたはずが、暗闇に突き落とされた。
それからどうやって家まで帰ったのか覚えていない。
私は買い物したはずの荷物は全て持っておらず、「指名手配書」だけを持って帰って来ていた。
椅子に座り、手配書を机に置き、手配書の中の恋人を見る。
もう、随分と会っていなかった。
最後に会ったのは、1ヶ月以上前のことだ。
私はそれでも疑問や不信感を持たずに日々を過ごし、彼が帰って来てまたいつもの様にあの瞳で私を見て愛してくれると何の疑いもなく思っていた。そこに一寸の陰りもなかった。
でもこの手配書を見る限り、それは間違いだったのだろう。
もう彼には会えない。
リヴァイのことだから、捕まることはないと思うが、何分有名人のため心配だ。
人類最強と呼ばれ、皆の羨望を集めていた人なのだから。
思えば、最後に会った日の彼は最初からおかしかった。
いつもの様に突然うちに来たリヴァイの顔を見た時、「どうしたんだろう?」そう思った。
微妙な変化だが、瞳にいつもの力がなく、思い詰めた様な顔をしているように見えた。
仕事のことだろう、と予想をつけてナイーブな問題なので特に聞きもせず、それから普段通り一緒に食事を摂り、寝支度をしたが、やっぱりどこか不自然さ感じた。
料理を机に並べる時、一緒にお風呂に入っている時、並んで本を読んでいる時、一緒にベッドに入った時。
やけにリヴァイは私に触れたがった。
首筋に顔を埋めたり、手を引いてきたり、後ろから抱きしめてきたり、キスしたりもした。
こういう日は今までもあったので気する事ではなくて、むしろリヴァイが珍しく素直に甘えてくる嬉しい日だが、変だったのはその時の表情だった。
眉間の皺も、瞳に欲望と愛情を感じさせる鋭さもなくて、私を見つめる視線にはただ、不安や悲しさや寂しさがあった。
それからそんな瞳に見つめられながら、いつもよりゆっくり、荒々しく抱かれた後、情事後の心地よい気怠さに包まれた時、今まで黙っていたリヴァイに
「しばらく会えなくなる。」と呟くように言われた。
「どのくらい会えないのか、それも分からねえ。もしかしたら・・・。」
リヴァイはそれ以上言葉を言わず、私の方に体を向け、ただ見つめてきた。
「どのくらい経てば会えるとも言えない。少なくとも1ヶ月。何年、何十年・・。」
そこまで言うとリヴァイの言葉を待っていた私の頭を静かに引き寄せ、優しく口づけをし、
「だが俺は、お前に待っていて欲しい。勝手なのは分かっているが・・。お前が待ってくれている、そう思いたいんだ。」
そう続けた。そこには、いつもの強いリヴァイが見えた。
「ずっと待ってる。いつになってもいい。だから必ず帰って来て、私の所へ。」
いつの間にか流れてしまった涙を、そのままリヴァイの胸に押し付け、朝になり、「いってくる。ナマエ。」とだけ寝ている(正確には起きている)私に言い残して、彼は行ってしまった。
あの別れの様な言葉は、この事が原因だったんだろう。
この狭い壁の中で指名手配になってしまった。
彼の言う、最低1ヶ月から何十年というのは、自分の疑いが晴れるまでという意味だったのかもしれない。
どこに行ったのか見当もつかない。
もう会えない。
その気持ちの方が大きくなってしまった。
「こんな・・手配書なんか・・!」
引き裂こうと思ったが、出来なかった。
少し寄ってしまった皺を優しく伸ばす。
「ぅっ・・!うぇっ・・うぅ〜っ」
涙が次々に頬を伝い、リヴァイの似顔絵を滲ませていった。
あれから、何日も経った。
私は部屋を清潔に保つことだけは続けて、あとはただ、時間が過ぎるのを待って毎日生き延びていた。
馴染みの紅茶店、掃除道具店、酒場。
この街には、リヴァイとの思い出が多すぎる。
「おい見ろよ!あんな小さな娘が巨人を倒したのか!?」
「ああ。何人も目撃者がいるんだ!」
「ヒストリア女王の誕生だー!!」
今日は何やら騒がしい。
女王の初冠式があっている様だった。
巨人を倒した、という幼い新しい女王様に市民の羨望が集まり、喝采を受けている。
「・・リヴァイみたい。」
思わず足が止まり、ぼーっと祝福の中に身を置いた。
「ちっ。いねえか。どこに行ったんだ。」
あいつの家に来たが居なかった。
鍵が開けっ放しだった。
おそらく、俺が帰って来た時のためだろう。
部屋に入る。
最後に会った時のまま何一つ変わっておらず、「帰って来た」と気持ちが一気に落ち着いてこのまま紅茶でも飲んで待っていようかとも思うが、久しぶりのあいつの香りに、一刻も早くナマエに会いたい。それだけが俺を支配した。
紅茶店、掃除道具店、いつも買い物してる店。
ナマエが居そうな所を回るがいない。
広場に来ると、ヒストリアが初冠式をやってるのが見えた。
エルヴィンの計画を聞かされた時は驚いたが、あいつはこういう一か八かの博打しかしねえ。
結果俺たちが勝った。それで十分だった。
歓声を上げる民衆の中、ナマエを見つけた。
1人、ヒストリアを見て何か物思いにぼーっと突っ立っている。
・・痩せたな。顔色も悪ぃ。
嫌でも、自分のせいだと分かる。
罪悪感と愛おしい、という気持ちが痛む程に溢れ、思わず走り出し、後ろからナマエを包んで首筋に顔を埋めた。
「ナマエ。すまなかった。帰って来た。終わったんだ、もう。・・お前に会いたかった・・!」
「リヴァ・・!リヴァイ!リヴァイ・・ッ!」
ナマエが振り返り、俺を抱きしめてくれた。
ずっと、こうしたかった。
しばらく離れていた温もりを埋める様しばらく2人で抱き合った後、行くぞ、とナマエを抱えて歩きだした。
「リヴァイ?どこ行くの?」と、ナマエは恥ずかしがっている。
今まで散々初冠式のどさくさにまぎれて抱き合っといて今更だろ。こんなもん。
「家に帰る。本当は帰ってすぐにでもお前を抱き潰したいが、お前が俺に会えずに淋しくて痩せちまってるんで後にする。俺もそこまでガキじゃねぇからな。まずはお前の飯からだ。俺が食わせてやるから、きちんと全部食べろ。いいか、残したらおしおきだ。それからお前を抱くことにした。こちとら2ヶ月近く我慢したんだ。今夜は眠れないが、明日は俺も非番でお前を看病してやるから安心していい。」
矢継ぎ早に自分の計画を伝え、自分の身を安じて青い顔をしてるナマエを可愛く思いながら家路を急いだ。
( ほら。ちゃんと全部食えよ。あーんしろ、あーん。 )
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