みじかいゆめ | ナノ



兵士長の恋愛事情 D



あの日からついに一週間。
余りに長い一週間だった。
正確にはその前の週からだから二週間ナマエと会っていない事になる。

ナマエに出会う前はその暮らしが当たり前だったのに、今はたった二週間離れていただけでどこか落ち着かない。

一人でウロついて、また狙われていないか。
元気でやっているのか。

声を聴きたい。
笑顔が見たい。
「リヴァイ」と名前を呼ばれ、心を震わせたい。


長い夜だった。

もうそろそろ、この曖昧な関係も終わりにしよう。

そう決めてチャイムを鳴らす。

何度も通い、こうして扉が開くのを待った部屋。

もう見慣れてしまった光景のはずなのに、こんなにも胸が高鳴っているのは何故なのか。

カチャリと鍵の開く音が聞こえ、ドアノブが回って扉が開く。

少しずつ開いていく景色がスローモーションに見えて、ずっと会えなかった訳でもねえのにたった二週間で馬鹿馬鹿しいと自笑する。


「リヴァイ!久しぶり?だね。」


しかしどうやらそれはナマエも同じ気持ちだったらしい。

きっと今、二人同じ顔をしてるんだろうと思った。

声は嬉しそうで笑っているのに困ったように泣きそうなナマエの顔。

その顔を見てしまった途端、思わず腕の中へ閉じ込めて文字通り抱き締めた。
腕の中へ収めてもまだ足りずにナマエの体を自分の体へ押し付け、香りを吸い込む。


「会いたかった。」

たった二週間で、こんな台詞もすんなり言えてしまう程、俺は随分素直になっちまったらしい。

「私もよ、リヴァイ。忙しいのに、いつも会いに来てくれてありがとう。」

腕の中で小さく響いたナマエの声が、さざなみ立っていた気持ちを落ち着かせていく。

もう一度だけ力を込めて抱き締めた後、そっと体を離した。

照れ臭そうに笑って、ナマエが「行こっか」と切り出す。

「ああ。」

手を差し出すと、一回り小さな温もりが手の平を包んだ。

じんわりと、暖まって広がる。

隣を見ると恥ずかしさに耐えているらしいナマエが精一杯目を瞑って唇を押し潰し、赤い妙な顔をしている。

コツンとおでこをぶつけ、驚く声が上がる前に唇を押しつけた。

「!!」

「・・・・目ぇ瞑ったりするから、抑えが利かなかったじゃねえか・・・。」

やっぱりどうしたって今日は、ナマエへの気持ちが溢れちまって仕方がない。

赤く染まり上がった耳に髪をかけてやり、再び吸い寄せられるように顔を近付けた。

「お前が好きだ。」

澄んだ黒い瞳が見開かれて、そしてふにゃりと細められた。

「・・・嬉しい。私も、リヴァイが好きだったのよ?
だから先週はちょっぴり寂しかったの。」

何故目の前の女がこんなにも愛おしいのか。自分に向けられる偽りのない真っ直ぐな、日の光のような好意。
好き、ただそれだけ。たった二文字の言葉が、こんなにも嬉しい。胸が痛いほど。そしてだらしなく目尻を下げてしまうほどに。

柔らかな頬に手を寄せ、今度は二人で気持ちを共有して一緒に瞳を閉じ、ゆっくりと近付けそして唇を合わせた。

その雰囲気に支配され、心が震える。

触れ合った箇所から甘い痺れが溢れて思考を奪われていく。

引き剥がされていく理性が残っているうちに、なんとか名残惜しくもそこから離れた。

まだ熱を覚ましきれない目が、同じような顔をしたナマエを映す。

そのまま見つめ合い、二人ふと我に返って「ふふふ」と笑い合った。

指を絡ませ直し、いつもより空気も澄んで明るく見える街までの道を並んで歩いた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「ごめんねリヴァイ、付き合わせちゃって。」

「構わん。俺が居ない時にウロつかれる方が心配だからな。先週は一人で買い物に出たのか?」

ナマエが入りたがった雑貨屋で、並べられた女が好みそうな小物を眺めるナマエの横顔を眺める。口元は楽し気に笑っていて、この小物達と自分が余りにもそぐわない事も気にならない。

闇商人に狙われる為に狭い範囲で暮らしているナマエを、出来るだけこうして沢山の場所へ連れて行ってやりたい。
ナマエに何かしてやれる事が嬉しかった。

「ううん。リヴァイに会えないって分かったら、何だか食欲無くて。可笑しいでしょう?
だからずっと家に居たわ。」

自分と同じ気持ちで寂しがってくれていた事が嬉しかった。
笑ってみせる顔が、あまりにも可愛くて思わず赤い顔を背ける。

「聞いてもいい?」

「・・・なんだ。」

「リヴァイは何時から私の事、好きになってくれてたの?」

何時から・・・・・考えてみた事が無かったが、俺はいつからナマエに惚れていたんだろうか。
少し記憶を遡ってみる。
こうして会う事が当たり前になった頃・・市場で最初に話した時・・・尾けられているナマエを見かけた時・・・。


「・・・教えねえ。」

「えー?教えてよー!」

「そんな事聞いて何になる。もうお互い惚れ込んじまって相思相愛なんだからいいじゃねえか。」

「リヴァイ、私に惚れ込んでるの?」

「・・ちっ。」

くすくすと笑いを零すナマエが気に入らねえ。
惚れ込んでるなんて、ぽろりと本人の目の前で惚気るような言葉を口に出してしまった事に後悔してまた少し顔に血が昇る。
ナマエの後ろに見えた帽子を手に取り、笑っている頭にポスンと被せて顔を隠した。

「わっ!・・・帽子?」

「・・・買ってやる。これで少しは人種を誤魔化せるだろ。」

「可愛い帽子。ありがとう!これがあったら沢山外出出来るね!」

「・・・まあ、安全な範囲でな。あまり遠くまで行くなよ。」

どうやら、さっきの醜態は上手く誤魔化せたらしい。

今度は幸せそうに鏡を見て笑っているナマエ。
つばの広い、小さな赤い実のついた帽子がよく似合う。

「・・・兵団本部に来るくらいだったら、許してやってもいいが。」

願わくば、もっと一緒に過ごしたい。

輝いた瞳が俺を見る。

「本部に遊びに行ってもいいの・・・?!」

「ああ。」

しつこいくらいに会いたがっている奴が居る事は黙っておこう。
言わずもがな、クソ眼鏡である。
毎週水曜日の外出と前日の徹夜の理由を問い詰められ、つい話してしまってからナマエの事ばかり聞きたがる。俺が一人の人間に特別な感情を抱いてるのが信じられないから見てみたいんだと。

俺だって、こんなに甘い自分は知らなかった。

鏡に向かって、まだ喜んでいるナマエに唇を寄せると、誰かに見られていなかったかと恥ずかしがって焦るナマエ。その表情の変化も仕草も、俺の心を捉えて離さない。

「店員からは帽子に隠れて見えちゃいねえよ。」

「・・・ほんとうに?」

「ああ。」

「じゃあ・・・ねえ。」

赤い顔を手で覆ったまま、手招きをするナマエに耳を向ける。

手のひらが包むように耳を覆って、いつも幼く聞こえる声が俺の耳元で囁いた。

「もう一回だけして・・?」

その声にぞくり、と身体が欲で満たされる。
考える前に顎を掬い上げて、噛み付くように口付ける。

「んんっ・・・ん」

ちらりと見たナマエの後ろの先には、新聞を読みながらコーヒーを啜る店員。

そのまま横にずれた棚の死角に隠れて細い腰に手を回し、欲望のままに口内を貪った。

口付けの合間に漏れる吐息交じりのナマエの声も逃さないような深い口付け。

「ん・・んっ・・・リ・・っ。」

もう堪えられなかった。

唇を離し、腰の抜けた身体を抱いて店の出口まで歩く。

「釣りはいい。」

そう言ってお札をカウンターに残し、ナマエと帽子を抱えて外に出た。

「リヴァイ・・?どこ行くの・・?」

「帰る。」

「あの、買い物は・・・?」

「知らん。煽ったのはお前なんだぞ。」

「え?・・・煽る・・?」

「そうだ。二週間ぶりに会って恋人になった事でぐらついていたのを抑えてやってたのに、それを引き剥がしたのはお前だ。
さっきの程度じゃ、全然足りない。」

これからの展開を察して、赤い顔でひたすら黙るナマエ。

鍵を開け、ベッドまで真っ直ぐに歩く。

「もっと、お前が欲しい。」

組み敷いた首筋に唇を寄せ、口付けと舌を這わせる。

「んっ、いい、よ・・・私もリヴァイと・・・。」

それ以上は羞恥心で言えないらしい初々しい唇にもう理性など捨て去って舌を捩じ込んでやった。

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