みじかいゆめ | ナノ



兵士長の恋愛事情 B



水曜日。11時を半分回った時計の針と、静まり返っている玄関の外を部屋の中から見つめる。

何度も何度も時計の針を確認して、一分が過ぎていくごとに気持ちが重くなる。

もうすっかり化粧を済ませ髪も整えて、初めて下ろした白いワンピースだって着ている。

「今日は訓練が忙しかったのかな・・?」

ぽつりと呟いて、リヴァイが来なくてもとにかく買い物には行かないと何もないしこの格好じゃ家事も出来ない。
せっかく着たのだから外に出てみようと無理矢理気持ちを持ち上げて、一人でも街に出る事にした。

もやもやしている。

先週会った時の別れ際もいつも通りで、来週の予定についても何も言われなかったから当たり前に今日も二人で出掛けるのだろうと思っていた。

でも考えてみたら、きちんと約束してる訳でもないし恋人でもない。
会う資格なんか私にはなく、ただリヴァイが会いに来てくれていたから会えていただけなのだと。
それなのに毎週毎週、今までリヴァイが会いに来てくれていたのが不思議なくらいなのだと気付いた。

街に出るとは決めたものの、こんな事ばかり考え込んでいる所為でソファに座り込んだお尻がどうにも重い。

行かなきゃ、とは思いながらも、中々そこから立ち上がれずにいるとチャイムの音が鳴った気がした。

空耳だろうと玄関扉を見つめていると、再びチャイムが鳴る。

確かに聞こえたその音に、さっきまで重かった体が急にふわりと軽くなりパタパタと扉に駆けて行く。

良かった!リヴァイが来てくれたんだと、
はやる気持ちを抑え急いで鍵を回して扉を開け、「リヴァイ・・!」と顔を見る前にリヴァイの名前が口を出た。


「あの、ナマエ・ミョウジさんでしょうか・・?」


そこに立っていたのはリヴァイではなかった。
女の人。茶髪で優し気な雰囲気を纏わせた女の人だった。

リヴァイと同じジャケットの、自由の翼。

私は巨人を見た事がないけれど、それと戦う女の人もきっとリヴァイみたいに鋭い瞳でキリッとしていて逞しそうな、いかにも”兵士”な人なんだろうと思っていた。

だからこんなに可愛らしい女の人も兵士をしているのだと驚いた。
私の勝手な想像とは似ても似つかない、”普通の可愛い女の子”だったから・・。


「あのう・・・。」

女の人にもう一度声をかけられて、慌ててナマエ・ミョウジである事を肯定した。

良かった、そう言ってにっこり微笑むこの人は、やっぱり素敵な女性だなと笑顔に見入ってしまう。

「兵長から、伝言を預かって来ました。
今日は来れない、また来週。だそうです。」

「ああ、やっぱり・・そうですか・・。」

この扉を開けるまで、今日も会えると信じていた。


「分かりました・・わざわざこんな所まで、ありがとうございました!・・・あ、そうだ!ちょっと待っててくださいね。」

急いで部屋へ入り、持って出る予定だった鞄を掴む。
リヴァイにあげようと焼いた、甘さ控えめの紅茶のフィナンシェ。

「こんな物しかないんですけど、良かったらどうぞ。」

リヴァイに渡せなくなって行き場を失くしたお菓子を自分で食べてしまうより、喜んで貰えるならここまで伝言を伝えに来てくれた彼女に渡したかった。
リボンをかけてラッピングしていた袋を、可愛らしい女の人の手の平に乗せた。

「わぁ!私、こういうお菓子大好きなんです!ありがとうございます。」

華やいだ表情が嬉しくて、私もにっこりと笑った。

会って数分だけれど、すっかり彼女の事が好きになっている。きっとこんな風に、誰からも好かれているはず。


「それでは、失礼します。また会いましょうね?」

「はい!また、ぜひ。」

手を振る私にお辞儀をして、可愛い彼女が帰って行く。

姿が見える内は見送ろうと、後ろ姿を見つめていたのだけれどくるりと踵を返してこちらに戻って来る。

「あの・・!ナマエさんって兵長の恋人なんですか・・?」

「・・い、え・・違いますよ!ただの友人です。」

「そうですか!」

良かった、とまでは言わず、彼女の表情を見ればそれは言わずもがなな思いで、”ただの”友人であるという事が分かった彼女はとっても安心して、そして嬉しそうだった。

・・・ゆっくりと扉を閉め、部屋の中まで戻った。

下ろしたての白いワンピースを脱ぎ、洗濯籠に入れる。

部屋着に着替え、結っていた髪をほどき、丁寧に化粧していた顔を洗った。

洗顔の為に目を閉じている暗闇に、さっきの彼女の顔が浮かんで忘れられない。

ごしごしとそれを拭うようにタオルで拭き取って、ソファに体を横たえた。


「・・もういいや、買い物。明日にしよう・・。」

何も食べなければ、何も買う必要はない。

なんだか疲れてしまったらしい体を休める事にして、素敵だった彼女と会えないリヴァイから逃げるように目を閉じた。

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