みじかいゆめ | ナノ



答えは簡単で



初めはほんの小さな、子供みたいなくだらない悪戯心とか、少しは俺の気持ちも味わえばいいんじゃないかとナマエに対する言わばちょっとした仕返しのつもりだった。

俺に言い寄ってくる奴らはまあ割と居て、もう鬱陶しいだけで眼中にも入らない(大体、初めて見たような顔ばかりで覚えもない)し、部下だから無下にも出来ずに仕事の手間を取られるわで困っていたのだけれどもある日ピンときた。いや、きてしまった。

ナマエが知ったらどうなるのだろう、と。

その瞬間から普段も見え隠れするナマエを泣かせてみたい・怒らせてみたいという自分の中の醜い感情がむくむく膨れてもう頭の中はナマエの拗ねる顔で一杯になった。


今までは所謂”天使”の自分がしっかりと働いていて、自分と立場の違うナマエにはそういう寄ってくる女がいる事すら丁寧に隠してきた。

手紙を貰えば自分の部屋でその日のうちに焼いたし、そういう事があった話もチラリともしなかった。

それでも”悪魔”の方が勝ってしまったのは、ナマエにも原因がある。

買い物から帰って来て、予定より多い荷物を抱えていたのでどうしたのかと聞いてみれば「オマケでくれたの。」と上機嫌だし、兵団に遊びに来た日には俺が仕事を片付けてる内に皆んなにいいようにチヤホヤされている。

俺から言わせればそのオマケは俺が付いて行った日には貰えない賄賂のような物だし、少しでもナマエとの時間を作ろうと必死こいて書類と向き合ってる時に恋人で遊ばれるのは心底気に入らない。

でもナマエはとことん鈍く、全然悪気もクソもないものだから「なあに?」と笑顔を向けられるとそれで終わりなのだ。途端に小さな穴が開いた風船みたいに、ゆっくり萎んでいって僅かに空気の残ったシワシワでよぼよぼな情け無い空気の袋が残る。まるで俺だ。

いつも穏やかでにっこり微笑んでいて陽だまりみたいな彼女を頭ごなしに怒るなんて俺には無理だ。

だから趣向を変えて、どれだけ自分が人の好意に対して無知で俺に心配をかけていて、それはどのくらい辛い事なのか、気づいて貰う事にした。これなら俺も隠してやっていた事を辞めるだけで簡単だし、罪悪感もなくて良い。

さっそく手始めに、先程手に握らされた所謂ラブレターを机の上に放る。

もうどうでも良すぎて読む気すらしないし、机の上にそれがあるというだけで気に食わない。机の上は出来るだけ物は置くべきではないからだ。

いつものように燃やして灰にしてしまいたい気持ちをぐっと堪えて、その気持ちを苛立たせる机から逃げるように部屋を出た。

今日はナマエが来ると言っていたから、まず俺の部屋に来るはずだ。

そしてあの手紙を見つけるだろう。いかにも女の字の筆跡と中身を見れば、鈍いナマエでもラブレターだと気づくはずだ。


するとナマエはどうするのか。

問い詰めてくるのか、見てないフリを決め込むのか。

どちらにしろ、自分にとって可愛い反応である事は間違いない。

ナマエお気に入りの木の下にもたれて時間を潰していると、見慣れたシルエットが見えた。

一般市民らしい、腕の振り方も足の上げ方もなっていない走り方が愛おしい。

息切れし、膝に手をついていつもの様ににっこり微笑んだ。

「はぁっ・・!リヴァイ、探したよっ。部屋に居なかったから・・ここにいたんだね?」

「ああ。すまない、少し息抜きしていた。」

「ううん、いいの。ここ、私も好きだよ。」

隣に座った時の僅かに起きる空気の流れがナマエの匂いを運んで来て、そしてすぐに消えてしまった。

部屋に居なかったから、という事は、気づいただろうか。にしては、いつものナマエすぎやしないだろうか。俺がもしナマエ宛のラブレターなんぞ見つけた日には・・・嫌、やめておこう。

ちらり、と隣を盗み見てみると、同じ木に背中を預けて瞼を閉じ、風に綺麗な艶のある黒髪をなびかせている。

何故こんなに綺麗なんだと、時々呆気にとられる事がある。

同じ時間の同じ場所、そこで隣にいても、ナマエの周りで空気が切り取られて、この血に塗られた手では触れられないような気がして怖くなる。

手を伸ばし、指先でなぞると肌は柔らかい。
閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がると潤いに満ちていて、それでいて澄んでいる、魅力的としか他に言いようのない黒の虹彩と俺の瞳が合って「どうしたの?」とナマエも俺の頬に手を沿わせる。

ああ。結局、触れても抱いても安心なんか出来ないんだろう。
ナマエは綺麗すぎる。汚れ一つ知らない。
俺は身に染み付いてる汚れを落とそうとヤケになってる。

「・・何でもねえよ。」

俺とは違い過ぎると思った。

ナマエの心を乱すつもりが、自分が乱されてしまった。

結局この場に残ったのは、自己嫌悪と何も変わらないナマエだけだった。

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