みじかいゆめ | ナノ



会えなかった昨日 A



「あれ?リヴァイ、ナマエと一緒じゃないの?」

廊下を歩いていると、鉢合ったクソ眼鏡に口開早々言われた。


「今日はあいつは来ていない。」

「えぇ?嘘、さっき私は会ったよ?なぁ、モブリット。」

「はい。間違いなくナマエさんでした。」


・・・なんだと?

ナマエが来ているなら俺の元へ来るはずだが・・・。
朝から忙しく本部内をウロついている所為で、すれ違いになっているのかもしれない。

「そうか。あいつに会ったら俺が探していると伝えてくれ。」

「了解。」

それだけハンジに頼み、二人と別れた。


この時はまだ、何の陰りもなかった。



「おや。リヴァイ、ナマエと一緒じゃないのか?」

「・・・・今探している所だ。」



「あ・・兵長。ナマエさんは・・?」



「・・リヴァイからナマエの匂いがしないな。」




・・・・・おかしい。

エルヴィン、エレン、ミケ。
出会う奴ら全員、ナマエと会ってるのに何故俺だけ会っていないんだ。

大体、いつも一番先に真っ直ぐ俺の元へ来るはずだ。


ばったりどこかで会うだろうと、特に探す意識もなく仕事をこなしながら本部を歩いていたが、本格的に探してみる必要があると気付き、仕事はそのままに取り敢えずナマエを探す事にした。
こんな事は今まで無かったし、俺にとっちゃ一大事だ。
本部内で誘拐される事はないとは思うが・・・。

あいつは可愛いからな、とクソみたいな甘い台詞が浮かび恥ずかしさに一人苛立つ。

だがこれは本当の事だ。

これは俺が恋人だからとかそういう事ではなくて、事実あいつは魅力的な容姿を持っている所為で狙われやすい。


ー まさか、兵士に何処か連れ込まれてんじゃないだろうな・・。


俺の恋人に手を出す馬鹿がこの兵団に居たとは思えないが、実際にナマエが居ない。

一般市民の女と男兵士じゃ、どう考えても分が悪い。

赤子の手を捻る様に簡単に連れ込まれてしまうはずだ。

クソ・・。安全だと思い、本部に出入りを許していたのが間違いだったか・・・!

埃が立つのも気にせず、バタバタと廊下を走りながら目についた扉を手当たり次第に開き、部屋という部屋をシラミ潰しに探す。


いねえ・・いねえ・・ここにもいねえ。


開けた扉の数に比例して、苛立ちと焦りが募る。

目に入るのは驚いた顔や怖がる顔ばかりで、どれもナマエではない。



「っクソッ!!」

突き当たりの角部屋も確認し終えて、力任せに扉を打ち付けた。

なんでいねえんだ・・!!


結局、ナマエは見つからない。

俺の部屋もエルヴィンの部屋もハンジもミケも、全ての部屋を探したがナマエは居なかった。


これだけ探しても居ないとなると、本部には居ない。
自分の家に戻ったのかもしれない。

しかしなぜ、俺に会わない内に家に帰るのか。

他の奴等に会ってる手前、俺がこんな風に血眼になって探すことが予想出来なかったのか。

苛立ちは募るばかりで、もはやナマエに会ったら説教の一つでもしてやらないと気が済まない。

いつもこうやって心配させられる、俺の身にもなってみろ。

荒々しく愛馬に飛び乗り、腹を蹴ってナマエの家まで駆けた。

頭の中はナマエへの躾直しの事で一杯だ。

こんな簡単な事が想定出来ないなんて、あいつには自覚が足り無さ過ぎる。

イラつかせやがって・・今夜はたっぷり可愛がってやるからな・・・覚悟しとけよナマエ・・・。

まだ見つからぬ恋人に向けて殺気を送り、家の前に到着した。
手綱を程々に適当な支柱に結びつけ、早急に部屋の扉までの階段を駆け上がる。


「おい!!ナマエ!!」


怒りと焦りを隠すつもりもなく、怒号を部屋の中へぶち込むがシンとしていて気配が感じられない。


家に居るとばかり思っていたので当てが外れ、しばし呆気に取られて立ち尽くす。

もう何処に行ったのか予想もつかない。

自分の部屋より居心地の良い住処に、そろりと足を進める。


「リヴァイ、おかえりなさい!」

そう言って今すぐにでも、キッチンの壁から顔を覗かせて迎えてくれる気がしてならない。

いつもの癖でダイニングに腰掛けて、明かりも無く主人も居ない静かな部屋をぼうっと眺めていると、違和感を感じた。

ナマエが居ない所為にしても、部屋が何かいつもよりヨソヨソしい。

具体的に何処がなのかと問われると分からないが、確かに何か変だ。


直感的に立ち上がり、引き寄せられる様にクローゼットの引き出しを引くと、いつも綺麗に畳まれて適度な量が並んで収納されている衣類が三分の一程しか入っていない。

頭が真っ白になり、僅かに残っているナマエの衣類を見つめる。

最悪だと言える可能性を否定出来る状況が欲しくて、呆然とした頭のまま洗面所に足を踏み入れると、やっぱり事態は最悪だった。

洗面ボウルの横に置いてあるカップには、緑色の歯ブラシしか立っておらず、絶対そこにあるはずの薄ピンク色の歯ブラシが無かった。


出て行ったんだと、確信した。


何故出て行ったのか、思い当たる節も全くない。

全身が鉛の様に重く、苦しく、到底理由なんざ考えられる気分ではない。

大切な、自分の命より確実に大事に想っていると言える相手が、突然居なくなってしまった。

思い浮かぶのはナマエの笑った顔ばかりで、抱きしめたくて堪らないのに何故居ないのか。

こんなに必要としているのに居なくなってしまうなんて、あまりに酷過ぎやしないか。

何か不満があったなら、言ってくれさえすりゃ改善した。

ナマエが笑って居られるなら何だってするし、寂しいなら甘えさせてやるし、怒っていても上手く慰めてやれる自信がある。

こうしていなくなってしまう前に言ってくれれば、何だって出来たんだ。

それさえもさせてくれないとは、俺はナマエにとって救いようのない恋人だったんだろうか。


力なく玄関の扉に手をかければ、壁の帽子かけに帽子がない事に気づいて安心する自分に更に哀しくなった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「兵長?・・どうしたんですか?」

ゆっくりと馬小屋に愛馬と歩んで行くと、馬の手入れをしてやっているペトラと鉢合った。


「・・・・・何でもねえよ。」

誰にも話すつもりはなかった。

今はまだ口に出すのも辛い。

ナマエが居ないだけでこんなにも自分がクソで雑魚な人間になれるとは知らなかった。


「もしかして・・・ナマエと何かありました、か・・?」


何も答えれず、ただ突っ立って動けない。

生きる目的を失くし、どうすればいいのか全く分からなくなった。


「昨日、のせいですよね・・すみません・・・。」

「いや・・・お前のせいじゃねえよ。」

昨日の約束が潰れてしまった所為ではないと思っている。

俺は仕事だったときちんと伝えたし、こういう事は今迄もよくある事だった。

それで謝る度にナマエは気にしていない様子で「今日会えたからいいの」と、俺の執務室で笑う。本当に、よく笑ってくれる女だった。俺なんかといて何が楽しいのかと不思議に思うくらい、幸せそうに笑っていた。

だからこそ、こうして居なくなってしまった理由が分からない。


「ナマエは、怒っているんですか・・?」

そろりと伺うペトラ。

自分の所為だと、責任を感じているんだろう。


「いや・・あいつはそういう奴ではない。

居なく・・・・なったんだ・・。」


普段、我慢していたのかもしれない。
俺が気づいてやれなかった。

気づいてやっていれば、ナマエは居なくならなかったんだろうか。


「居なくなったって・・!

居場所は分からないんですか・・?!
何処が行きそうな当てがあるんじゃ・・・。」


ナマエがこういう時、当てにしそうな場所・・・。

真っ先に思い浮かぶのはハンジやエレンの野郎達だが、俺から逃げたのならそれは有り得ない。

俺にあまり関わりのない場所に向かうはずだ。

ナマエが頼る事が出来て、俺と関わりのない場所・・・・。


「・・・なるほどな。居場所が分かった。すまねえな、ペトラ。」

考える事さえすれば、案外答えは簡単だった。

すぐに力を取り戻し、戻しかけた馬の手綱を握り直す。

今すぐナマエの元へ向かうつもりで元来た方へと向き直ると、「兵長!」と呼ばれてマントを掴まれた。

振り向くと、苦しげな表情のペトラ。

「あの・・・わたし・・・。」


この顔は知っている。

今まで何人もの奴にこういう顔を向けられた。

同じ班に指名した部下とは言え、ナマエ以外の女には同じ感情しか持てない。

俺が何とかしてやりたいと思えるのは、あいつだけだ。


「昨日の事はそういうつもりじゃなかった。お前は俺の部下、だ。・・すまない。」

簡潔に言葉を述べ、すぐに馬を走らせた。

こういう事ははっきり断って置かないと、後々自分とナマエの首を絞めるとだけだと分かっている。

お互いの立場がかけ離れていても、不安を感じさせたくはない。

そしてナマエの居場所が分かった以上、早く存在を確かなものにしたかった。



会ってしまえさえすれば、心を取り戻す自信があった。

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