みじかいゆめ | ナノ
会えなかった昨日
ー バタン ! ー
すれ違う人々の驚いた顔も気にせずに、家まで走り切った。
勢いのままに扉を閉め、そのまま床に倒れこむ。
噴き出る汗と、ひゅうひゅうと鳴る呼吸の音が気持ちが悪い。
疲れきって震える体を何とか持ち上げてキッチンまで這い、コップに注いだ水を一気に飲み干した。口から漏れてしまった水も気にならない程、疲労困憊している。
間違いだった。
今日本部に行ったのは・・・。
そこまで考えて、また苦しくなった。
泣きたくないのに拭いても拭いても涙が零れ落ち、シンクを濡らす。
悔しくて、汚れる事も構わずに濡れた箇所を袖でゴシゴシと拭い取った。
そのままシンクに叩きつけるはずだった小さな拳は既の所で空中を掴み、虚しく肩から下がる。
「・・リヴァイに、怒られちゃうな・・・。」
シンクに手を突いている腕の袖口に汚れが付いて、涙で変色しているのが気になって仕方がない。
ここまで落ちてしまっても、やっぱり私はリヴァイを中心にして生活しているからそこから抜け切れない。
本部に遊びに行ったはいいけれど、顔も合わせない内に帰って来てしまった。
正確には、私は彼を見かけた。
いつものように駆け寄り、「また遊びに来たの。」と手を握るつもりだった。
「お仕事終わったら、リヴァイと過ごしたいから待ってるね」と・・・。
そしたら彼は少しだけ口の端を持ち上げた後「仕事の前の茶に付き合え。」、と手を包み直してくれて、多忙な割に少々長いお茶の時間にお誘いしてくれるんだ。
・・・・今日は叶わなかったけれど。
本部で会ったのは誰だったかな。
まず最初にハンジさんとモブリットさんに会って、それからエレン。
そしてエルヴィン団長にミケさんにも会ったな・・。
どうしよう。考えてみると、リヴァイ以外のほとんどの兵士に会ったかもしれない。
そうなると心配なのは、何故本部に来たのにも関わらず俺の前に姿を見せないんだと、リヴァイが詮索する事だ。
今日はもう本部には遊びになんか行って居なくて、家で大人しく過ごしていた事にしてしまいたかったのにこの目撃数では多分無理だろう。
そもそも、彼に隠し事をするという事事態が無理な話であって、後々の事を考えればそういう事は極力しなかった。
躾、と称した アレ をされるのが分かっているからだ。
そんな日のリヴァイはかなり意地悪く、どごでも焦らして私の知らない私をさらけ出したがる。そしてとっても楽しそうなのである。
ここ最近は壁外調査から帰還したばかりでまだ日が浅く、何しろリヴァイの仕事が忙しくてそういう行為は随分としていない。
リヴァイはそっちの気が強いらしく、会う度に抱き潰されていたのだけれど、多忙な身体を少しでも休めて欲しくて彼の頭を抱きしめて眠る程度に留めていた。
でも、そのせいでリヴァイに我慢をさせていたのだとしたら・・・・。
悪かったのは私なのだろう。
本部で見聞きした事は、本当にショックだった。
リヴァイを見つけ、駆け寄ろうとした時。
ペトラさんがリヴァイに駆け寄った。
キョロキョロと辺りを用心深く見回しているペトラさんの様子に、咄嗟に私は壁際に隠れてしまった。
いくら恋人とはいえ、話を盗み聞きするなんて酷い行いだと自分を蔑んだけれど仕方がない。
いや・・・。
本当は心の奥底に、少しでもそういう気持ちがあったのかもしれない。
リヴァイに選ばれて隣に並び戦う素敵な女性と、そんな彼女の羨望のような、私の胸の内に一石を投じるような眼差しに、怖じ気ずいていたんだろうと思う。
とにかく私は壁に隠れ、二人の会話を待った。
聞こえてきた第一声は、やはり愕然とする言葉だった。
「兵長、昨日はありがとうございました。」
ペトラさんがそう言った。
昨日、は、 リヴァイが久しぶりに私の家を訪れる予定だった日だった。
だけど、リヴァイは来なかった。
そして今朝、私を迎えに来てくれたハンジさんに伝言を受け取った。「仕事で行けなかった」と。
仕事・・・がペトラさんと一緒だったんだろうか・・・・・。
でもそれならわざわざ「ありがとうございました」何て言わないはずだ。
しかもこそこそしているし・・。
こんな時ばかり、鈍いはずの頭が働いてしまって困る。
彼女の次の一言は思い浮かんだ信じたくない予想を肯定させる言葉だった。
「あの、ナマエは大丈夫でしたか・・?」
「ああ。あいつなら大丈夫だ。気にするな。」
胸がざわざわと波打ち立ち、棒の様に立ち尽くす。
呼吸も瞬きも忘れてしまう程に、ショックだった。
苦しくて苦しくて堪らない。
大丈夫じゃないよ、リヴァイ
こんな事を知ってしまっても平気なほど、私は強くない。
リヴァイは昨日、私との久しぶりの約束を断り、ペトラさんと会っていた。
私には仕事だったと説明して。
これが世間一般では何と言うのか私にも分かる。
それから無我夢中でひたすら走り、自分の家に帰って来たんだ。
昨日、リヴァイが来るはずだった部屋に。
自分の頬を思い切り抓る。
やっぱり痛かった。
「夢、じゃない・・・んだ・・。」
最近ご無沙汰だった行為、「忙しい」と二人きりで会う時間もない事、そもそも一般市民と調査兵団の兵長という立場。
考えれば考える程、こういう結果を招く原因だらけだった気さえする。
ここに居たら、じきにリヴァイが来るだろう。
自分の前に現れない事を心配して。普段から彼は私に関して東洋人である事を除いても心配症だ。だからこそ心配もせずに安心しきっていた。
今はまだ、彼の前で泣いたり怒ったり酷いカオを晒してしまわない自信がない。
こんな事で嫌いになれるほど、私は浅く彼と付き合っていない。
どうしようも出来ないほど、リヴァイの事を愛してしまっている。
最後にいつ使ったのかも忘れてしまった大きめの鞄をクローゼットの奥から引っ張り出し、荷物を詰めていく。
着替えと、歯ブラシと、お金と、
それから何を詰めればいいんだろう
目についた物を適当に詰めて最終的になんとか膨れた鞄に納得して抱え、玄関に向かう。
扉に手をかけた時、いつも被るよう言われている帽子が目に入った。リヴァイの顔が思い浮かぶ。
「・・・・・。」
結局頭の中の恋人を裏切れずにゆっくり帽子を手に取り、玄関の扉を開けた。
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