みじかいゆめ | ナノ
会えなかった昨日 B
ー コツ コツ ー
だだっ広い空間と天井が高い所為で、妙に足音が響く。
高価な床の石材と、壁に施された神聖な装飾が俺には馴染みがなく、ここに来るとどうも落ち着かない。
足早に真っ直ぐ歩き、広い空間の隅にある窓口の前に立った。
お互いの顔が見えない様、黒いカーテンが引いてある。
「神に赦しを請う者かね?」
カーテンの向こう側から、見えない相手が声をかける。
「神じゃねえ。ナマエだ。」
はっきりと伝えた言葉に返ってくる返事はなく、沈黙が続く。
「来ているんだろう。会わせてくれ。赦しを請いたい。」
「・・・・それはナマエさん次第ですが、彼女には誰も通さないでくれと頼まれています。」
やはり、ナマエはここに来ていた様だ。
何かある度にここに駆け込み、懺悔する事を知っている。
大きな出来事や小さな出来事。
気持ちが追い詰められてどうしようもなくなった時、ナマエはここに来る。
俺は信仰心なんざちっとも持ち合わせていないが、静かに祈るナマエの横顔はどこか神聖で、永遠を願って隣でこっそりナマエに祈ったりもする。
「てめえは赦しを請う事も許さないナマエを赦せるのか?」
このくだらない戯言の核心を突くと神父の沈黙がしばらく続き、「泣き部屋にいらっしゃいます」と分かりきった言葉が返って来てようやくそっちに足を向かわせた。
どの部屋にいるかなんてここに来る前から知っていたが、ナマエがどんな気持ちでどんな状態でここに来たのか分からない。
こうやって何も言わずに消えてしまったのは初めての事で、下手に動いて状況を悪化させたくはなかった。
泣いているのか、怒っているのか・・・。
神父とのやり取りで判断する限り、落ち着いてはいるんだろう。
割とすんなり通してくれた。
まだ間に合うだろうか。
間に合って欲しい、そんな願いを込めて部屋の扉の前に立つ。
泣き部屋の大きな窓はカーテンがぴたりと閉め切られていて、本来見えるはずの部屋の中の様子は全く見えない。
冷たいドアノブをそっと下ろすと、ガチャリと音が鳴って扉が開いた。
「ナマエ。」
祈りを捧げる背中がびくりと揺れる。
ゆっくりと、ナマエが振り向いた。
今日一日、探し求めていた顔と目が合う。
泣いてはいなかった様だが、困ったような表情をしている。少なからず拒否されていると思うと胸が痛い。
「探したぞ。帰るか。」
出来るだけいつも通りに呼びかけたが、ナマエは動かない。
「・・・リヴァイ、教会が苦手だから来ないと思ったのに。」
眉を下げ、少し悲しそうに笑った。
来なかったら、お前はどうしていたんだ。
そのまま俺の元から消えたのか?
「ふざけんなよ、てめえ。
お前を捕まえる為なら、俺は何処にだって行ってやる。」
「神父さんに、懺悔したの?」
「する訳ねえだろ。俺は神なんざ信じてねえからな。
お前に懺悔する為に来た。」
「・・・・懺悔、されても許せない・・ごめんね・・時間が欲しいの。」
「何故だ。今すぐ許せ。先延ばしにしてもいい結果は出ない。
お前がそんなに嫌な思いをしてるなんて知らなかったんだ。
知ってたら、もっと方法があった。」
「・・・そんな事を言う為に・・ここまで私を探して来たの?
知らなかったとか・・もっと方法があったとか・・・そんな言葉聞きたくない・・!
もう、ボロボロだよ・・・リヴァイの事信じられないの・・・・もう無理だと思う。もう別れ「断る。」
そんな台詞、言わせてやるかよ。
こっちは今日一日行方不明だっただけで死ぬ思いを味わったんだ。
もう一度、自分の元へ連れ戻す為にここに来た。
「俺は絶対に離れねえ。」
「どうして?私が居なくても大丈夫な癖に・・。
リヴァイには・・・ペ、ぺトラさんがいるじゃない!!
一般市民の私より、同じ兵士の彼女の方が身近でいいわよね・・・。
私だって、兵士になってリヴァイの役に立てるなら立ちたいよ・・?
それでも「今の何にも出来ねえお前が好きなんだ」って、言ってくれたのに・・・!
まさか、兵士の恋人もいるなんて・・・。
安心して・・リヴァイに言われた事はこれからも守って生きて行くから、もう私のことは気にしない「ちょっと待て・・・さっきから、ペトラが何だってんだ。訳が分からねえ。きちんと説明しろ。」
ペトラ・ラルは同じ兵士であり同じ班員で俺の部下だが・・。
ナマエの言い草じゃ、次の恋人にペトラを当てるようなそんな物言いだった。
俺はそんな風に振る舞った覚えはないし、そんなつもりも毛頭ない。
神に誓うのかと言われたら誓ってやってもいい。
「昨日・・・ぺトラさんと会ってたんでしょう・・・?
廊下で聞いてたんだから・・・。
私には仕事だったって、言ったくせに!!リヴァイの馬鹿!っ!」
ついに感情を抑え切れなくなり、顔を覆って泣き出してしまった可愛い恋人。
全てを察した。
要するにこいつは、浮気したと思ったらしい。俺とペトラが。
廊下でどんな風に会話したなんざ一々覚えちゃいねえが、何も知らないこいつが聞けばそういう風に聞こえる内容だったんだろう。
・・・それで、荷物を纏めて俺から逃げた訳か。
どうりでこいつにしちゃ珍しく、どうしようもないくらい怒ってる訳だ。
・・・こんなくだらねえ理由だったなら、心配する必要はなさそうだ。
やっぱりこの危機に気を張っていたらしく、一気に肩の力が抜けて楽になった。
瞳も緩くナマエを写す。
手を伸ばし、背中を震わせて泣きじゃくる体を引き寄せて胸に抱き締めた。
抵抗せずに、ただしゃくりあげるナマエの背中を撫でてやる。
「あのな・・・。
一から説明すると、ペトラは片親だ。
父親が育てたんだが、最近忙しいのが続いていただろう。
それで心配だと漏らしたんで、一日俺がお前の仕事も受け持ってやっとくから帰ってみろと帰らせたんだ。
お前との約束もあったが、約束の為に仕事を詰めて終わらせてたおかげで手が空いてたし、お前はいつも平気そうだからそれに甘えた。それだけだ。
ペトラとは、何もねえよ。」
恐る恐る、胸から顔を上げたナマエと目が合う。
赤い目と涙の跡が痛々しくも、愛おしい。
手で涙を拭ってやり、そのまま頬を包んで触れるだけの口付けを贈ってやる。
ナマエはこれが好きらしい。
「しかし・・やはり普段から、俺がお前に甘え過ぎていたのかもしれん。
・・・いや。逆、か。
もっとお前に甘えた方がいいんだろうな。
俺だってクソみてえな書類整理より、お前と過ごしていた方がいいに決まってる。
最近は仕事優先で自分の事は後回しになっていた。
それでお前もこんなとんだ勘違いをしちまったんだろう。部下と恋沙汰なんざする訳ねえだろうが、馬鹿野郎。
心配かけさせやがって。二度と勝手に居なくなったりするんじゃねえぞ。
・・まあいい。俺は寂しかったぞ、ナマエよ。
これからは我慢しない。たっぷり甘えさせてもらう。
お前はそれを許すか?」
まだ話してる途中から、またガキみてえにぐずぐず泣き出してしまった恋人の頭を抱え込む。
答えなんて聞かなくても分かりきっているから、泣いてる所為で返って来まいがどうでもいい。
これまでの経緯を思うと、より一層自分の恋人が可愛く思える。
いつだって温和で陽だまりみたいに穏やかな恋人を、ここまで拗ねて怒らせたのは初めてじゃないだろうか。
こんな風に心を乱して俺を求めるナマエは、悪くない。
にやりと口元が弧を描く。
「さっそくだが、昨日の埋め合わせをする。お前の家に帰るぞ。」
泣き疲れて力の入らない軽い身体を抱え、教会を後にした。
帰り着いたら、まず泣き止ませる事から始めてやるか。
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