みじかいゆめ | ナノ



兵長と元カレ ( 気弱な元カレの場合 )





「ナマエ・・・?」



「・・・・・・フィン・・。」


隣りで笑っていた恋人の名前を、誰かが呼んだ。



声の主を知っていたのだろう。

まだ姿を確認する前に顔色を変えて、俺の恋人が振り返った。

フィン。そう呼ぶ声は、少し震えていて、どうやら複雑そうだと俺も後ろを振り向く。

短い金髪の高身長野郎が、愛おしい人を見つけた、そんな表情でナマエを見ていた。

俺の恋人と、男が見つめ合う。


途端に、「勝手に見るな。こいつは俺のだ。」と湧き上がった怒りを抑えつける。

もういい歳なんだ。尻の青いガキみたいな感情に流されるような大人ではないはずだろと自分を諭す。
俺も少しはマシな大人になっていたらしい。
人間、年をとると丸くなると言うしな。


しかし、あきらかに俺の恋人とこの男は何か関係がありそうだ。


ただの友人以上の関係・・・

隣に視線を移すと、気まずそうに視線を落とすナマエ。



・・・・間違いない。
こいつは、ナマエの昔の恋人だ。


俺はナマエに関しては嫉妬深いと認めるが、過去の男の存在に妬く程ガキじゃねえ。

そんなもんに嫉妬しても、どうしようもねえからだ。


しかし、こうやって所謂元カレが実際に目の前に現れて、ナマエの事を今だに慕ってる目で見るのは気にくわない。

しかも、フィンと呼ばれた男は俺とは全く共通点のない見てくれだ。

もはや、フィンで教訓を得たナマエが見てくれの全く正反対の奴を選んで付き合った結果が俺だったのかという気もしてくる。


それ程までに、俺たちは正反対だった。



「やっぱり・・! ナマエ・・会いたかった・・・!」


両手を伸ばし、駆け寄る男より先にナマエの手を引き後ろに隠した。

てめえなんかに触らせるかよ。


「・・・・・。」

「・・・・・。」


出してしまった両手を空中に掲げたまま、呆気に取られてしまった男と見つめ合う。

近づいて見るとやはり背が無駄にデカイらしく、エルヴィンくらいはあるだろうか。

今俺に気づいた、そんな風な緑色の瞳で俺を見下ろす視線が気にいらねえ。

見下ろしてんじゃねえよ。

エルヴィン、ミケは仕方がないとして、てめえは駄目だ。

眉間の皺を深くし、フィン、そう呼ばれた男を見る。

別に怒っちゃいねえが、目つきが悪いだけだから仕方がない。


「あ・・・。もしかして・・ナマエの恋人ですか・・?」

「ああそうだ。てめえは誰だ。」

別に怒っちゃいねえ。口が悪いだけだ。仕方がねえだろ。


「俺は・・・ナマエの同級生です。フィンと言います。」


そう言ってぎこちない笑みを俺に向けた。


そうか。学生時代の恋人か。

学生時代のナマエはさぞ可憐だったはずだと思考が逸れてしまいかけたが、今はこいつを処理するのが先だった。


「そうじゃないだろ。元カレ、だろ。

別に隠さなくていい。というか隠せていないが。」

後ろのナマエが、俺の服をキュッと掴んだ。

こうして元カレと対峙している俺の言動が不安なんだろう。

俺は喧嘩っ早いからな。

さっきも言ったが、元カレなど過去の男に怯える自分ではない。こいつの事を悪いようにするつもりは鼻からない。

「大丈夫だ」と、小さくなってしまった後ろの気配に告げた。


「あ・・。そう、ですね・・・元カレ、です。ナマエの。」


気まずそうに言葉を絞り出し、頭を掻くこの男は、どうやら中身まで俺とは正反対のようだ。


調査兵団で言えば誰だろうか。

そうだな、こんな気弱な奴は調査兵団なんて死に急ぐ組織には向いていないから適当な奴が思い浮かばないが、ベルなんとか辺りだろうか。名前がややこしすぎて忘れたが、あいつもデカイし気が弱そうだ。



「リヴァイだ。ナマエとは一年程前から付き合っている。」

立場をはっきりさせた所で、後ろに隠していたナマエを引き出した。

フィンがナマエと話したがっているのは一目瞭然。

元カレの同級生と話すらさせない程、俺の器は小さくない。

久しぶりに会ったんだ。積もる話もあるだろう。

俺みたいなガラの悪い恋人がいる事は分からせた。
それでこの気弱な男には充分だと思った。



「・・・・・。」

「・・・・・。」


「・・・何だお前ら。友人だろう。久しぶりに会ったんだ。気楽に話したらどうだ。

俺は馴染みの店に寄る。じゃあな。」

「え・・?リヴァイ?」

「俺がいたら話辛いだろう。俺はお前が元カレと浮気するような女ではないと断言出来る。だから気にしていない。お前も気にするな。

じゃあ、後でな。」


いつもの調子で頭を撫で、二人に背を向けて馴染みの紅茶店へ向かって歩いた。





「いつもの頼む。」

「かしこまりました。」


ここは茶葉の質も雰囲気も良く、休みの日にはよく好んでナマエと立ち寄ってお茶を飲む店だ。


「今日はお一人ですか。」

いつも座るカウンターの席に座ると、店長らしい髭面のジジイが淹れた紅茶を差し出しながら俺に問う。


「・・・うるせえよ。」

「まさか別れられた訳じゃ「有り得ねえ。」


食い気味に答えれば、嬉しそうにジジイが笑った。


「良かった。ここで並んで紅茶を飲む二人を見るのが、老ぼれの数少ない楽しみなんですよ。ほほ。」

白髪交じりの髭を撫でる。

嬉しい時のジジイの癖だ。


「あいつは・・・元カレと会っている。友人として。」

瞼の垂れた皺の多い目を少し見開き、「ほお・・。」と漏らして、自分用の紅茶をカップに注いだ。


「貴方がそんなに心が広いお人だったとは知りませんでしたぞ。」

「失礼な奴だ。交友関係まで干渉したくねえだけだ。俺は。」

琥珀色の液体を喉に流す。

友人がバタバタと死んで行く中に生きている人間にとって、兵団関係者でない友人は長く付き合える可能性の高い数少ない人間だ。

俺と付き合ったばかりに、そこまで制限されるのは気が引ける。

一緒に居る事の出来る友人とは上手く付き合わせてやりたいと思う。


「・・・この小さな紅茶店のジジイには、本音を話しても構わないでしょう?私は貴方の名前すら知らない。」


ちっ。
年の功、か。


「・・・気にくわねえ。分からねえ。
俺は、どうすればいいんだ。」


「ほほ。」

ジジイがまた髭を撫でる。

いい関係を築かせてやりたいが、元カレという部分がそれを邪魔する。

一度はナマエが愛した男だ。

今は全て自分に彼女の愛情が向いているが、昔それを持っていた男だ。

再び心変わりする事はないと思うが、やっぱり不安だった。

俺は今まで、いい恋人でいる事が出来たか自問自答してみても、分からない。




「ぶつかってみたらどうですか。男同士。

衝突を避ければ、長引くだけです。


彼女にとって、どちらが愛する人なのか。

それが重要な事であって、その他はその他大勢。気にする必要もなく、背中を押してあげられるのでは。ほほ。」


「・・・・なるほどな。」


確かに俺は逃げた。

そのせいでこんなクソみたいな気分になっている。

フィンには、元カレとしての時間をやった。

ここからははっきりさせよう。

どちらがナマエの友人に成り下がるのか。


「・・ジジイ。あんたの穏やかそうな外ヅラには騙されてたよ。」

「酢いも甘いも味わった身ですから。また来てくださいね。お待ちしていますよ。」


また来る、そう告げて店を出た。やっぱりこの店は悪くない。俺の判断は正しかった。


来る時より足早に、二人の元へ足を進めた。






「おい。」

「あ、リヴァイ!お帰りなさい。」

俺の恋人とその元カレは、ベンチに座り話し込んでいた様だ。

さっきみたいな緊張した面持ちもなく、楽しそうなナマエの笑顔に少し胸がざわついた。


「フィンと話したい。借りるぞ。」

俺が戻った途端、縮こまっていたフィンを引きずり、ナマエから離れる。


話し声が届かないであろう辺りで掴んでいた腕を離し、フィンと向かい合った。

相変わらずそわそわとして落ち着きがない。

「お前は何をそんなに怯える必要がある。」

「え・・いや、リヴァイさんがナマエの恋人だから・・。」

「恋人だからなんだ。」

「・・・・・。」

「一つ聞くが、なぜナマエとは終わった。」


「・・・俺は教師で、ナマエは調査兵団に入りたいって。訓練兵になるって。
俺、止めたんです・・そんな死にに行くような事何でするんだ、一緒に教師になればいいだろうって。
その時初めてナマエと喧嘩したんです。
初めて、ナマエを大声で怒鳴りつけた。
それでも折れないナマエに耐え切れなくて、言ったんです。別れようって。
どうして?別れたくない嫌だって泣きながらも、結局ナマエは兵団に入ってしまった。」

・・・最後辺りの台詞が少し感に触ったが仕方がない。過去の話だ。今ナマエと付き合ってるのは俺だ。

「リヴァイ・・さん!俺、ナマエに気持ちを伝えたい。・・友人に戻るにしても、引きずってきた後悔をきちんと片付けたいんです!お願いします・・・!」


フィンが俺に、頭を下げる。


「てめえ、何言ってる。当たり前だ。自分のケツは自分で拭け。男ならそれくらいしてみせろ。

まあ、ヨリが戻るのは有り得ないが、きちんと片付けられても、あいつとは友人でいてやって欲しい。残酷な仕事なんだ、察してくれ。」

ほら、行けよと、呆気に取られるフィンのケツを蹴り上げる。俺の気が変わらない内に行っちまえクソ野郎。

俺をちらちらと振り返りながらも、最後は「ありがとうございます」と頭を下げてナマエの方へ駆けて行った。

ったく・・何で俺がこんな事しなきゃなんねえんだよ。

ここから、二人の会話は聞こえないが別にそれで構わない。返ってその方がいい。傍に居るとなんて口出ししちまうか分からない。

フィンが何か話し、ナマエが首を横に振っている。

今度はナマエが話し出し、フィンに手を掲げた。

フィンがナマエに抱きしめられる。

一瞬、青筋が立ち足が一歩前に出たがすぐに二人は離れ、手を振ってフィンは行ってしまった。

残されたナマエが立ち上がり、こちらへ歩いてくる。


一歩、また一歩、近づいてくる恋人。
その顔はいつも通り穏やかで。


・・・さっきの抱擁はなんなんだ・・?


もしかして・・・


ちっ。フィンの野郎の気弱が移っちまった。


ドキドキと煩く震える胸を隠し、出来るだけいつもの仏頂面でナマエを迎えた。


「・・よう。どうだった。」

何と聞いたらいいか分からず、適当な言葉が口から飛び出す。


「フィンは・・いい人なの。少し気弱だけど、それも彼が優しすぎるせいなの。」

深い皺が寄る眉間を無理矢理押し瞑る。
フィンに聞いた、泣いて別れを拒んだナマエ。
その姿が思い浮せいで「そんな話は聞きたくない」と今にもナマエの口を塞いで黙らせてしまいそうだ。



「でも・・・・私は、リヴァイの優しさが好き。
口調は厳しいけれど、本当は、誰よりも私の事を考えてくれてる。
リヴァイのそんな不器用なところも、全部愛おしいの。

今日だって、どうして妬きもち焼きのリヴァイが元カレと話をさせてくれたのか、ちゃんと分かってるよ。

私たちにとって友達は欠け変えないもので・・だけど失いやすくて・・・。

リヴァイ、ありがとう。リヴァイとこんな風に想い合えて、本当に嬉しい。幸せなの。」



ああ。

やっぱり俺は、何も心配する必要なんかなかった。

ナマエは相変わらず、俺を愛してくれていた。

そんなのは分かりきった事のはずだった。


やっぱり、俺の選択は間違っていなかった。



名前を呼べば、少し照れてはにかんだカオ。


こいつが愛おしい。


愛おしすぎて胸が苦しいくらいに。



そっと頬を包めば、ナマエが俺の腰に手を周す。


何度やっても相変わらず煩く高鳴る胸を無視して、そっと顔を近付けた。
細く長い睫毛が伏せられ、唇に唇が重なる。

想いが溢れてより深く口付ければ、「んっ・・。」とナマエから声が上がる。

いつものようにそのまま夢中で口内を荒らせば、酸素不足のナマエに胸を叩かれて仕方なく唇を離してやる。


「なんだよ。」不満気にそう言えば、はぁっと息を吸い込み、頬を染めるナマエ。

「キスの時息継ぎしない奴があるか。頃合いを見計らって酸素を吸えといつも言っているだろう。」

赤く染まった頬を撫でる。

「だって・・難しくて出来ないよ・・必死だもん。」

「俺は全然足りないんだが。もっとお前をドロドロに愛してえ。

特訓するか、ナマエ。今お前に必要なものは教訓ではなく実践だろ。」


え?と戸惑うナマエを抱え上げ、早急に自室へ戻る事にする。

色々予定が狂っちまったが、どうせ最後にはこうする予定だった。


さて。どうやってこいつを甘やかしてやろうか。


腕の中で慌てふためく愛しすぎる存在を大切に胸に抱き、欲望と愛情に胸を高鳴らせながら自室へと急いだ。

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