みじかいゆめ | ナノ
忙しい恋人
私の恋人は忙しい。
口は悪いし目つきだって悪いし暴力的でクソとか平気で言うのに、何だかんだ面倒見が良くて、文句を言いながらも結局全部自分で引き受けてしまう。
しかもそれを上手いこと丸く収めてしまうから凄い。
つまり本当の彼の中身は人が良い上に世話好きなのだ。
そんな人だから、皆が頼るのは当然な訳で・・・。
今日も、食堂で遠くに座る彼を盗み見る。
ああ。今日も疲れてるな・・。
眉間に深く刻まれた皺と、目の下の隈が、睡眠不足を物語っていた。
ぺーぺーの、ただ訓練に励めばそれでいい私とは大違いだ。
私がもし、彼の班に入れるくらいの実力者だったら、側にいて少しは彼の睡眠時間を伸ばしてあげる事が出来たのかもしれない。
あいにく、いくら訓練してもこれといって実力は上がらず、毎回壁外調査に出ると討伐補佐数を少しずつ伸ばすぐらいの活躍くらいしかしていない。
それでもこの兵団にいる限り、生き残る事が出来れば御の字で年功序列で階級が上がり、モブリットさんと共に副分隊長の役職についてしまった。
仕事はあまり忙しくないはずなのだが、ハンジ分隊長に振り回されるおかげでなぜか少し忙しい。
「ナマエ!いい考えが思い浮かんだ!
これなら、安全に巨人を捕獲出来るかもしれない!すぐ来てくれ!」
わしゃわしゃとパンを詰め込めるだけ口に詰め込み、「分隊長、喉に詰まります」と抜け目のないモブリットさんの副分隊長ぶりが光る中、無理矢理水で胃まで流し込んでハンジ分隊長は行ってしまわれた。
本当は、すっかり疲れてしまっている恋人の様子を伺いながら食事を済ませたかったのだけど仕方がない。
私も急いでお皿の中の残りの固形物をスープで流し込み、言われた通りすぐにハンジ分隊長の元へ向かう為に席を立った。
彼の前を横切る時、ちらりと視線を向けてみると、彼もまた独特の持ち方でカップを飲む手の上の瞳をこちらに向けていて視線が絡んでしまい、ドキリとした。
まさか目が合うとは思ってもみていなくて、ちらっとこっそり目の保養をして行こうくらいの企みだったので、思わず目を逸らす。
付き合う前から、彼の瞳には弱い。
気恥ずかしさを隠すように、足を早めて食堂から出た。
あれから、モブリットさんと三人でハンジ分隊長の意見をまとめ上げ、資料を完成させた。
すぐにエルヴィンの所へ持って行ってくれと鼻息荒くせかされ、一息つく間もなく小走りで団長室までやって来た。
分隊長の命令なのだから仕方がない。
軽く乱れた呼吸を整え、気を引き締めて扉をノックする。
「入ってくれ。」と穏やかな返事が扉から返され、敬礼をしてドアノブを引いた。
「失礼します。ハンジ班所属 ナマエ・ミョウジです。
分隊長から巨人捕獲作戦についての資料を預かり、お持ち致し・・まし、た。」
「ああ。ありがとう。こちらに持って来てくれ。目を通そう。」
団長とお話ししていたらしい、腕を組んで上官の机に腰掛ける、行儀というか礼儀のなってない恋人の隣にそろそろと移動し、団長に資料を差し出す。
こんな風に、隣に立ったのはいつぶりだろう。
二人きりとまではいかないけれど、静けさの中で会ったのはいつぶりだろう。
団長に資料を手渡す手が少し震えて、焦る。
隣の彼に見られている気がした。
机の向こう側の団長が資料に目を落とし、ペラペラと紙をめくる音だけが部屋に鳴る。
会っていない時間が長すぎて、彼との間にぴりぴりとした緊張の塊があるように感じる。多分私だけなんだろうけど。
とにかく極力隣を見ないよう、目の前の団長の凛々しい眉毛を一心に見つめていると、コツンと何か足に当たった感触がした。
足元に視線を落とすと、それは隣の恋人の足先で。
私のブーツに「コツン、コツン」と、自分の足先を当ててくる。
糸に引かれたように彼の方を見ると、彼もまた私を見ていた。
胸がカッと熱くなり、眉が下がる。
弱っていた所を突かれて、泣いてしまいそうだった。
「おい。お前、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃねえか。
エルヴィン、こいつを医務室へ連れて行ってくる。
その資料は後で俺がハンジに持って行くから待ってろ。」
・・・・え?
確かに顔は赤いけど、それはリヴァイのせいなんだけど・・。
団長にそんな事言えるはずもなく、ずるずるとされるがままに恋人に押されて部屋の外に出された。
「お大事に。ゆっくり休むといい。」そんな声に見送られて、扉が閉まる。
「あの・・リヴァイ・・?」
何も言わず手を引かれ、連れてこられたのはリヴァイの私室だった。
後ろ手で鍵を閉め、見た目よりずっと筋肉質な腕に抱き締められた。
「・・・限界だ。お前もそうなんだろう?」
胸を揺さぶる声が耳に響き、我慢していた涙が溢れて収拾がつかなくなった。
久しぶりに背中に手を回し、感触を確かめる。
焦がれて、触れられなかった背中がそこにあった。
声も、香りも、体温も。
何もかも望んでいたものだった。
「忙しすぎて死にそうだ。しばらくこうさせてくれ。」
くっついた頭から震動する声に、声を出せない代わりにうんうんと頷く。
ぎゅっと、少し苦しいくらいに抱き締められて目を瞑った。
「お前は熱がある・・らしい。だから今日はもうここで休め。エルヴィンもそう言っていた。」
いつもの抑揚のない声でとんでもない事を言う恋人に思わず、ぶっ!と笑いが噴き出した。
「てめえ、笑うなよ。靴が当たったくらいで赤面しやがるから助けてやったんだぞ。バレたらどうすんだ。」
コツン、とおでこを鉢合わせされる。
長い前髪から覗く切れ長の瞳で、視界が埋まってしまった。
「リヴァイ、ずっと忙しそうだったから・・・。」
「ああ。俺は忙しい。今日も明日も死ぬほど忙しくてクソする暇もねえ。
いつからこんなに忙しいのかもう忘れちまったくらいだ。」
忙しい、 分かりきっていた事だけど、面と向かって言われると落ち込むものがある。
「なあ。何でお前はハンジの補佐なんだ?
何で俺の補佐じゃねえんだ。」
苛々と、独り言のようにリヴァイが遠くを見て言う。
「リヴァイの補佐は、私なんかじゃ務まらないよ。」
「あ?そんな事は分かっている。
誰にも俺の補佐なんか務まらねえよ。自分でした方が早い。言ってみただけだ。」
しかし、いざ断られるとムカつくもんだとか何とか言っている。
くっついたままぶつぶつ文句ばかり垂れるリヴァイが、急に愛おしくなった。
「リヴァイ、疲れてるんだね。」
よしよしと目の前の苛立っている仏頂面を撫でる。
むすっとして、私の肩に頭を預けた。
「・・・むかつく野郎だ。」
「女だから野郎じゃないよ。」
「むかつくナマエだ。」
「はいはい。」
「明日までここにいろよ。」
「え?本気だったのそれ?」
「当たり前だ。何の為に仮病使ったんだお前は。」
「仮病使ったのはリヴァイでしょ。
うーん・・・どうしようかな・・。」
「いろ。」
「・・分かったよ。今日は早く仕事終わりそうなの?」
「終わらせる。」
「ふふ。嬉しい。じゃあ待ってるね。」
「ナマエ、この部屋から一歩でも出てみろ。お前を削ぐ。」
「大丈夫よ。ちゃんと待ってる。掃除でもしとくね。忙しくて出来ないでしょう。」
「ああ。助かる。それも大きな苛々の原因だ。」
「分かった。じゃあ行ってらっしゃい。」
突きあわせていたおでこを外し、リヴァイの苛立ちを全て受け取る様な乱暴な口付けを貰う。
久しぶりに唇で愛され、心が震えた。
唇を離すと苛立っていたオーラも消え、憑き物でも落ちたカオのリヴァイが「行ってくる」と扉を開けた。
「分かったな。ここで待ってろよ。部屋から出たら「はいはい、分かりました。待ってるから、早く帰って来て?」
満足そうに、微笑んで(リヴァイが微笑むのは珍しい事なんだけど)ゆっくりと扉が閉まった。
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