みじかいゆめ | ナノ



夜会にて @





あいつがなぜ、エルヴィンの補佐をやっているのか。


あいつの目が、いつも誰を追っていて誰を慕っているのか。



全部俺は知っている。




「兵長。団長がこれに目を通してくれとの申し付けです。」

「ああ。分かった。」

にこやかに笑う、エルヴィンの補佐から書類を受け取る。

エルヴィンの指示で忙しく動き回りながら、いつも幸せそうに微笑んでいるナマエの表情に、いつも胸をかき乱される自分がいる。


・・そんな風に笑うんじゃねえよ


理不尽な苛立ちを、勿論口にする事はなく。


「すぐ終わる。待っていろ。」

ちらりと一瞥し、ナマエの届けた書類に目を落とす。


何度も同じ文字列を往復しながら、ナマエの気配に神経を傾ける。

くるくるとした愛らしい瞳を無意味に輝かせながら、書類を読むフリだとも気づかずにじっと俺を見つめて、エルヴィンの元へ戻れる時を待っている。


「そういえば、今度の夜会にはお前も参加するのか。」

「はい。団長のお申し付けですので。お力になれるよう、頑張りたいと思っています。」

長い睫毛を伏せて、口元に綺麗な弧を描かせる。

団長のお申し付け、そんな風に言って綺麗に笑うナマエが、心底気にくわない。


「止めとけ。」

地を這うような声に当てられて、ナマエが目をぱちくりさせた。

「夜会に出ても、嫌な思いをするだけだぞ。」

出来るだけ深刻に、このエルヴィンしか脳のない今のところ幸せらしい女に忠告する。

「・・勿論、分かっています。

なぜ私が夜会に呼ばれたのか・・・。


私は調査兵団の為に、団長のために、出来る事はしたいんです。

・・心臓を捧げた身ですから。」

俺が言いたいのはそういう事じゃないんだが、それを言うのは酷かもしれない。
誰に心臓を捧げたのか、言わずもがな人類ではなくエルヴィンだろうと分かってしまう。

エルヴィンに言われればコイツはこの笑顔で何でもしちまうんじゃないだろうかとさえ思う。

「兵長、お優しいですね。ありがとうございます。」
そんな気遣いを付け加えて。

ここへ来て初めて、エルヴィンではなく俺へ向けられた微笑みに苛立ちが撫でられる。



・・・優しい、か。


その言葉には何も答えずに、弄んでいた書類を差し出す。
「ありがとうございます。では失礼します。」
そう言って部屋を出るナマエを見送り、背もたれに深く体を預けて目を覆った。



「優しくなんかねえんだが・・。」


ボソリと吐き出した本音は誰にも届く事はなく、ただ執務室の空気に溶けていった。

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