みじかいゆめ | ナノ
恋人関係 ( 偽 ) B
約束の19時。
髪を後ろに流し、正装して
静かな暗闇の中でナマエを待つ。
せわしなく脈打つ胸が五月蝿いし、何だか前髪がないとどうにも落ち着かない。
浮き足立つ気持ちを落ち着かせるよう視線を下に落とし、見えもしない地面を見つめていると、コツコツとヒールの音が響いた。
「兵士長、お待たせしてすみません!」
「・・・・・ナマエ、 だよな。」
エルヴィンが用意したドレスに身を包んだナマエは素晴らしかった。
オフショルダーの、ウエストにリボンが結ってある上質なドレス。
露出した鎖骨と、そこから生える細く白い腕。思わず両手で引き寄せてしまいそうな細いウエストラインに一瞬で心を奪われ、なんとかマヌケな声を発した。
「はい。ナマエです。
兵士長、とっても素敵ですね。」
そう言って俺に向けられるいつもの笑顔が、今夜はどうしようもなく綺麗で見惚れる。
今日は俺が頑張らなければと、奪われた心を持ち直し、体の中心に力を入れて姿勢を正した。
「・・・・綺麗だな。」
出来るだけ、いつも部下を褒める時のように、何でもないという風に装う事に努めて「綺麗だ」と言った。
「ありがとうございます。」そう言ってドレスを摘まんでみせ、お辞儀をする楽しそうな笑顔が、また心を打った。
「・・今夜、会場では本物の恋人同士として過ごす。
俺もお前を恋人扱いするから、お前もそうしろ。
兵士長と呼ぶのも辞めろ。リヴァイでいい。そっちの方が自然だ。敬語もな。」
行くぞ、と手を差し出す。
あの日より自然に、ナマエの手が俺の手を握った。
そのまま口元まで運び、唇を寄せる。
「へ!兵士長!?」
「うるせえな。立ち振る舞いの練習だ。それとリヴァイだと言っただろう。」
素っ頓狂な声を上げ、赤面するナマエをしらっと見る。
内心はこうやって驚き、恥ずかしがるナマエが可愛くて仕方がないとさっきから高鳴りっぱなしだ。
「よし。それも練習しとくか。呼んでみろ。」
上がりたがる口角を無理やりひん曲げ、いつもの仏頂面でナマエに投げかける。
「え?・・・へいし・・・・・・・・・・リ、リヴァイ。」
「よし。これで少しは恋人らしい、か。」
小さな声だったが名前を呼ばれ、それだけで嬉しいと弾む胸がもう自分のものじゃないみたいで、こんなに気分がいい宴は初めてだ。
これからは毎回、こいつを連れて行こうと馬鹿な考えを巡らせ、ナマエの手を引いて馬車に乗せ、自分も隣に座り出発した。
ー ザワザワ ー
会場の、無駄に馬鹿デカい屋敷に着いた。
毎回ここに来ると、贅沢すぎる料理と着飾った奴らに、ウンザリしてしまう。
そこに溶け込んでしまっている自分もクソみたいだと、気分も最悪だ。
だが、今日は違う。
隣にナマエを連れているだけで、この馬鹿らしい宴すら楽しめそうな気がしてくる。
先に自分が降り、手を握らせてナマエを馬車から降ろす。
「ほお・・。」と感嘆の声が上がり、いつも相手させられる貴族のジジイが近づいて来た。
「これはこれは・・!兵士長殿!その方は兵士長殿の情婦でありますかな?」
「そうだ。」
「ナマエ・ミョウジと申します。」
ふわりと笑い、綺麗にお辞儀をするナマエをウットリと眺め、矢継ぎ早に質問しているジジイに寒気がする。
細い腰を引き寄せ、「それでは。」と挨拶もそこそこに踵を返した。
足早に歩き、面倒な奴らに捕まらないよう避ける。
「ナマエ、貴族にはロクな奴がいない。気をしっかり持って、俺から離れるな。」
「分かりました。」と応えるナマエのおでこを拳で小突く。
「敬語。」
「あ!すみ・・!・・ごめんね。わかった。」
小突かれたデコを抑え、はにかみながら喋った言葉に、急に距離が縮まったように感じられて胸が温かくなる。
こんな風に、もっと話してみたいと思った。
「あの・・・リヴァイ、どうしよう。
私、踊った事がないんだけど・・。」
「大丈夫だ。俺がリードする。お前はただ、俺に身を任せていればそれでいい。ダンスとはそういうモンらしい。性には合わねえが・・。」
酒でも飲んで緊張をほぐしとけと、果実酒をナマエに手渡す。
コクリ、と何口か飲み、口を離したとこでグラスを奪って俺も一口飲んだ。
「あ。」
「なんだ。」
「え?いや、その・・間接キスだなって。」
「別に構わねえだろう。」
「そうだけど、嫌がりそうなのに意外だなって。
潔癖症だったよね?」
「綺麗好きなだけだ。」
「ものすごく、でしょう?」
楽しそうに笑うナマエ。
からかわれているのだが、なぜか心地よい。
「そうかもな。実際、誰でもとこういう事を出来る訳じゃねえ。」
「え?」
音楽が鳴り始め、聞き返された答えは教えずにナマエの腰を引き寄せ、指を絡める。
「!!リヴァイさん!近いです・・!」
すぐに口付け出来そうな距離に、顔を真っ赤にして体を手で押し返されムッとした。
「・・てめぇ、何気に傷つくんだが。それが恋人にする事か?
俺はお前と踊れて嬉しいぞ。お前はどうだ。」
頬を合わせ、耳元で囁く。
触れ合っている箇所から、赤いナマエの熱が漏れてきて愛おしい。
「・・・・・・嬉しい、です。」
「よし。悪くない。」
敬語がまた戻ったが、むしろいい傾向だ。
今夜限りの恋人としてではなく、看護兵と兵長としての言葉なんだろう。
・・・もう一押しだな。
腰を支えている手に力を込め、くるくると回っては止まり、また回る。
「黙って雰囲気に酔うのもいいが、さっきの話の続きをするか。
俺はお前のものなら例え間接キスだろうがなんだろうが構わない。お前限定でな。他の奴らは無理だ。
それは俺が今夜、お前の恋人として立ち振る舞ってるからじゃない。
お前はどうだ。さっき構わないと答えたが、お前は相手を選ばないのか。」
「・・・・いえ。 やはり誰でもは気がひける・・ような気がします。」
触れていた頬を外し、見つめ合う。
相変わらず赤い顔のナマエがいた。
「はっきりしねえ答えだな。
まあいい。俺ははっきり言わせて貰う。
お前が好きだ。
ここに連れて来る前から。恋人として、名ばかりの付き合いを始める前から。
好きだから 触れるのも嫌じゃねえし、触れられても嫌じゃねえ。」
足を止め、真っ直ぐにナマエの瞳だけを見つめて言った。
驚き、揺れる瞳を問い詰める。
「お前はどうだ。こんな風に、誰とでも触れ合えるのか。」
再び腰を支え、頬を合わせて周りの景色と一緒に回る。
もうとっくに答えは分かっていたが、ナマエの口から言わせたかった。
「兵士長となら、嬉しいと思います・・。
・・・・・・私、兵士長の事、好き。なのかもしれません。」
音楽が終わりを迎える。
「試してみるか。」
再び頬を外し、もうすぐそこにあった唇に唇を寄せた。
柔らかく、離し難い感触を味わい、名残惜しくも唇を離す。
ちゅ、とリップ音が鳴り、僅かに潤った唇と瞳を伏せた顔が見えた。
「どうだ。分かったか。」
「・・・・分かりません。」
子供のように悪戯に笑う顔につられ、頬が緩む。
「仕方のねえ奴だ。」
体ごと引き寄せ、今度は気持ちをぶつけるよう、本能のままに口付けを堪能した。
はぁっと息を吐き、熱に惚けるナマエを確認し、手を引いて帰りの馬車に向かう。
「兵士長?」
「悪いな。分からなかったならやり方を変えねえとな。当たり前の事も忘れていた。
話の続きは俺の部屋でするぞ。」
え?え?と戸惑うナマエに必死に笑いを堪えて馬車に乗り込み、「やっぱり分かりました」と余計な言葉を紡ぐ唇を塞いでやった。
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