みじかいゆめ | ナノ



恋人関係 ( 偽 ) @






ナマエに初めて会ったのは、

いつもより深く舌を噛んでしまい、口から血を垂れ流すオルオを医務室へ運んだ時だった。





「おい。コイツを診てやってくれ。」

「わ!!どうされたんですか!?」

「舌を噛んだ。いつもの事だが、今日は深かったようで血が止まらなくてな。」

「ぶびばべん・・!ひはい・・・。」

「すみません、痛い と言っている。」

「分かりました・・!場所が場所なんで、止血剤塗るしか出来なくて申し訳ないんですが・・・血は止まるはずです。」


滅多に来る事がないからな。

対応している看護兵をジトリと眺める。

ナマエ・ミョウジか。
やはり医療班の人間は知らない顔ばかりだ。



「オルオさん。ガーゼで血を吸わせてくださいね。あーんしてください。はい、あーん。」

「はい。ありがとうございます。じゃあ次はべーっとして舌を出してくださいね。べーっ。」


お手本を見せながら、あーんだのべーだの言って甘すぎると感じる程に優しい診察が気になった。

・・こいつはいつもこんな風に兵士を診てるんだろうか。

こんな風に診てくれるなら、傷だけとは言わず心も癒される奴がいるんだろうなと感心した。


「はい!出来ましたよ。オルオさん、上手に従って頂きありがとうございました!

お大事にしてくださいね。」

「・・はい!!また来ます!」


そうじゃねぇだろう、とオルオに蹴りを入れる。
背景にキラキラでも降りそうな笑顔に当てられて、すっかり骨抜きにされちまったらしい。


ったく。治療で骨抜かれてどうすんだテメエは。


自分が選抜した部下ながらあまりにも情け無い。

このくらいでデレデレするんじゃねぇよと横目で殺気を送った。


「兵士長も、小さな怪我でも遠慮なく申しつけ下さいね。
きちんと治療した方が治りも早いし、無理なさらずに。」


「・・俺は怪我なんてしねぇよ。部下が世話になった。また世話になると思うがよろしく頼む。」

「はい!お役に立てて良かったです。」


敬礼し、俺たちを笑顔で見送るナマエに、ほんの少し。僅かに、俺が治療を受ける時はコイツがいいと気持ちが芽吹いた。




あれからオルオはすっかりナマエにお熱を上げちまって、少しの怪我でも通う始末だ。

ペトラにだらしがないだの叱られながらも、足繁く通っているらしい。

どうやら、そういう輩はオルオだけではなく沢山いるのだと聞いた。

厳しい場所から逃れる事の出来る、唯一の救いなのだと。

そんな風に言われると、俺も頭ごなしに叱る事が出来なくなってしまった。


今日もいつも通り、怪我なく訓練を終え、帰路につく。

かすり傷一つない自分の体を見て、少しガッカリしている自分に苛立ち、舌打ちをした。

俺はあんな奴等と一緒じゃねぇはずだ。


イライラと足早に歩いて行くと、建物の影に隠れた二人が目に入った。

正直、こういう場面は少なくないので見なかった事にし、気配を消して歩く。

「あの、やめてくださ・・!」と声が耳に届き、向きを変えてそちらに向かった。


「あの、やめてくださ・・!」

「お願いしますよ、ナマエさん!もうこんなんなっちゃって苦しんです・・!」


男が手を掴み、自分のブツを触らせようとしている様子だった。

同じ男ながらとんでもねぇ変態野郎だ。


嫌がる女を見ると、それはナマエで胸が脈打つ。


「おい。」

「ひっ!!兵長!!」


慌てて敬礼してごまかす男を冷たい目で射抜く。

「テメエ、また同じ事をやってみろ。俺がそれを削ぎ落としてやる。」


慌てて腰を抜かしながら逃げて行く男を尻目にナマエを見ると、俯いて震えてるようだった。

「行っちまったぞ。大丈夫か。」

声をかけると、一度目をキツく閉じて身を固くした後、そっとそれを解いて「大丈夫です」と力なく笑った。


「こう言っちゃなんだが、甘すぎるんじゃないのか。診察が。
それでああやって勘違いした野郎が襲ってくるんだろう。」

あまり言うべきではない事だと分かってはいたが、口が勝手に言葉を紡いだ。

多分俺は、嫉妬してんだろうと自分でも分かった。


「そう、ですね・・。実はああいう事は初めてではないですし、分かっているんです。
皆さんが医務室に来る理由は・・。

でも私は、自分に出来る事はしてあげたいんです。

皆さんみたいに命を投げ売って戦えないし、自分の身すら守れないかもしれない。
私に出来る事は、兵士の方の活躍のほんの少しの部分で、怪我を治す事と、診ている間だけでもその人の命を大事にして癒す事だけなんです。

あんな風に、怖い思いをしたとしても、それは兵士の方の怖い思いとは比べ物にならないですし、そういう方は極一部の方で、ほとんどの方は純粋にいつも粗末にしてる命を診てもらいたいと診察に来ます。

そういう方の為にも、私はああやって診察してあげたいし、ああいう風にしか診察出来ないんです。」


もう怖がってなどいない。
しっかりと芯の通った、それでいて優しい瞳で話されたナマエの言葉は、俺の心に沁みた。

甘すぎると感じた診察の理由が、まさに腑に落ちた。

自分の命すら粗末にしている俺たちの命を大切にしたい、その言葉は胸を締め付ける程に響き、思わず目を細めた。


「そうか・・。お前の理由はもっともだ。これからもそのやり方を貫き通せ。俺達の力になってる。

しかし、そういう輩が少なからずいるという事は無視出来ねぇな。」


さて、どうしたものか。

今日はたまたま通りかかったが実際今日が初めてではなく、こういう事は何度かあったようだ。

いつも医務室にいてそいつらを見抜き、躾てやってもいいがそんな時間はない。


どうしても、放っておけない自分がいた。
そんな風にナマエに触れるのは許せねぇと思った。


「・・・付き合ってる事にするか。俺と。」


「・・・・・・・え?」

「勿論、名目上だ。実際は何もない。
だが、それだけで解決する問題だと思うぞ。

お前は今まで通り診察をしていいし、俺の恋人に手を出そうとする奴なんざいる訳がない。
それとも、またああいう思いをしてもお前は構わないのか?」

目を見開いて驚くナマエに矢継ぎ早に言葉を並べ、断られないよう説き伏せようとしている自分が馬鹿らしくて笑っちまいそうなくらいみっともない。

必死に言葉を捻り出し、少し意地の悪い言い方だったが、これで絶対断われないだろう台詞を吐いた。


「そう・・ですね・・。ああいう事が無くなるなら・・・。

でも、兵長はいいんでしょうか・・?」

「構わないと言っている。」

「そうですか・・・・では、よろしく、お願いします・・?」

まだ迷っている様子のナマエに手を差し出す。

そろそろと、俺の手をナマエの手が握った。

「よろしくな。」


手の平の温かさに高鳴る胸のワケに気づいていた。

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