みじかいゆめ | ナノ



焦がれる文字







机の上で頬杖を付き、全く進まない書類に手を置く。

端に積み上がっている、まだこれから処理すべき紙の山達にうんざりと目を向けた。


こんなにも集中が削がれ、仕事が捗らない理由はいくつかある。



一つ。 単純だが、ここ一ヶ月はナマエに会っていない事。

二つ。 周りの雑魚で根性もへったくれもないクソ野郎共は、ツバでもつけときゃ治る傷でもほいほい治療されに医務室へ行くこと。

三つ。 そのクソ共の治療をニコニコとしてやる「白衣の天使」らしい女がいて、それはナマエである事。

四つ。 俺は怪我なんてしねえから、医務室に行く理由がない事。



・・・四つ目が一番深刻だ。


医療班所属のナマエと会うのは、怪我した時ぐれえだが、俺は怪我なんてしないし、わざわざ怪我して会いに行く口実を作ろうなんざ思わねえ。

大体、絶対有り得ない話だが、例えば俺が何かしら怪我をしてしまったとしても、ナマエ目当てでかすり傷の奴らが長蛇の列を作る中、俺まで世話になって、あいつにあれ以上負担をかけようとは思わねえ。そんな事になったら、心配されてあっちも仕事所ではなくなるのは目に見えてる。

その馬鹿みたいな下心丸出しの男共を医務室から蹴散らそうにも、何分数が多すぎてこっちが呆れかえる程だ。


俺が一般兵だったら、会う時間も取れたはずだが、こちとら兵士長を任されていて、仕事が片付くのはナマエが寝てしまってるであろう時間ばかりで話にもならん。

一ヶ月も恋人を放っておくなんて、申し訳ないと思うが、小さな絆創膏を貼られ、今日も優しかっただの鼻の下を伸ばす男共が目に入る度、もしかしてこんな風に仕事を持て余す程悩んでいるのは俺だけなんじゃないだろうかとも思えてくる。

毎日、今日こそは、と机に向かってるが、この様子じゃ今日も無理そうだと溜め息をついた。



「兵長。お疲れですか?」

「・・いや、大丈夫だ。」


紅茶でも入れますね、とペトラが紅茶を淹れてくれた。


「すまねえな。」

どうせ終わらないのだから、少し休憩しようと、カップに口を付ける。


「もしかして、ナマエの事でしょうか?」

ピクリと眉が動き、ペトラを見た。


そういやペトラとナマエは同室だったなと思い出す。


「・・・変わりないか。」

最低限の言葉を選び、聞いた。


「うーん。そうですね・・・ここ最近は少し疲れてるみたいで・・溜め息をつく事が多いですね。」

兵長と一緒ですね、と微笑まれ、ばつが悪く視線を外す。


そうか・・あいつも同じ気持ちなのかもしれないと、少し胸が軽くなり、また一口紅茶を飲んだ。


「そうだ兵長!手紙を書かれたらどうですか?少しは気持ちも晴れるかもしれません。私がナマエに渡しますよ。」



それは、思いつきもしない事だった。


手紙なんざ出す相手がいなかったせいで考えもしなかったが、悪くないと思った。

そうだな、と返事をし、さっそくナマエに手紙を書こうとペンを持ったが、そこで止まってしまった。


・・・何と書けばいい・・?

元気か、と書くには何だかおかしな気がするし、会いたいと書いた所でどうしようもない。


眉間に皺を寄せてペンを持ち、用紙と睨み合う俺に気を遣い、「定時に取りに伺いますね」とペトラは部屋から出て行った。

優秀な部下を持ったもんだ。


もうこうなると、仕事の書類なんかそっちのけで手紙を仕上げたくなった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ナマエ!素敵なプレゼントを預かってるの!」

と、部屋に入ってすぐペトラに言われた。

満面の笑顔で、早く早くと座らされ、呆気にとられる。

「これ、リヴァイ兵長から。」と、手に折り畳まれた用紙を乗せられた。


「・・・リヴァイから・・?」

手に乗った、しばらく会っていない恋人からの手紙に胸が高鳴っていく。


リヴァイ・・手紙なんて書いてくれるんだ・・・

いつもの振る舞いの彼と、手紙という物が似つかわしくなくて、可愛くて、少し笑ってしまった。

封筒に入れずに折り畳んだ所は彼らしいかもしれない。

折り目に反抗して、少し持ち上がっている紙を愛おしそうに撫でる。


「私はもうベッドに入るから、泣くなり笑うなり好きにしていいわよナマエ。おやすみ!」

上機嫌でベッドに潜った気の回る親友に「ごめんね、ありがとう」と伝えながら、そっと紙を広げる。

静かな部屋で、自分の胸の音が耳に五月蝿い程高鳴っていて、紙を広げる音が響く。

薄い膜でも広げる様にそっと、静かに最後の折り目を広げた。


普通の用紙が大きく見える程に余白が大きく、ただ紙の丁度半分くらいの所に尖った字で 「俺は健康だが、お前に会いたい」 と一文だけが綴ってあった。









コツコツと、自室までの深夜の廊下を歩く。


月の明かりで照らされ、まあ足を進めるのには迷わない暗さだ。

自室の扉が浮かんだ時、扉の前に座っている人影も見えた。


「・・・ナマエか?」


名前を呼ぶと、ぱたぱたと駆けて胸に飛び込んで来たナマエを抱き留めた。


待ち焦がれていた感触に、呼吸するのも忘れて体を押し付け合う様に抱きしめる。

そのまま「手紙を読んだのか。」と聞くと、こくんと頷いた。

自分に引っ付き、離れなくなってしまったナマエの髪を撫でる。

「俺は医務室には行けねえからな。手紙を書けば、お前に会えると分かっていた。」

そう。分かっていた。
何を書こうが、こうして会いに来てくれると。

「すまんな。手間を取らせて。だが、会えて嬉しい。正直限界だったんだ。仕事も捗らん。」

顎を掬い上げ、目線を合わせる。


少し頬を赤らめ、切なげに俺を見るナマエに、苦しい程の愛おしさを感じて目を細めた。

ナマエは何も言わず、ただすがりつく様に俺からひっついて離れない。


「ナマエよ・・動けねえんだが・・。」

別に困ってなどいないし、こんな風に寂しさを埋め、甘えるナマエが珍しく、可愛いとガラにもなく気持ちは浮き足立っているのだが、久しぶりの愛おしい温もりに、なけなしの理性が消えかかっている。


「・・・離れたくない。リヴァイ。」

苦しそうに小さな声で俺に呟いた本音が、嬉しくてたまらなく胸が痛んだ。

もうこの際、体裁などどうだっていい。

もう深夜だが、朝には終わるはずだとナマエを抱き上げ、早急に部屋に入り鍵をかけ、ベッドに寝かせてすぐに甘い口付けを堪能する。

それだけで吐息を漏らし、僅かに声をあげて俺を求めるナマエが心底可愛くて、触れ合っている部分から溶けてしまいそうな熱を感じる。

ナマエを欲し、苦しく高鳴る衝動をなんとか抑制しながら快感を与え続け、「欲しい」という普段なら絶対言わないであろう甘いおねだりを引き出し、それ以上焦らす余裕もなく、もうどうしようもなくなった欲求を隠そうともせずに愛おしく温かい体に沈んで求め合った。

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