みじかいゆめ | ナノ



あの日の裏切り








「・・・・お前・・!! なんでここに・・!」


何も答えず、ただエルヴィンの隣に立ち、悲しそうに俺を見つめるナマエに呆然と立ち尽くした。




「リヴァイ。ナマエと知り合いか?」

澄んだ青い眼を向け、問うてくるエルヴィン。


「・・・・いや。 知らねえよ。」

ボソリと、自分でも驚く程に冷たく、刺々しい声が出た。

ナマエの表情がさらに曇り、いまにも泣き出しそうなカオに、痛みと苛立ちが募っていく。


なんでお前がそんなカオをする・・!
裏切ったのはてめえじゃねえか・・・!

椅子でも蹴り上げてやりたいくらい最悪の気分だ。

もう顔も見ることもないだろうと、そう思っていた。



兵団のジャケットに身を包み、ベルトを巻きつけたナマエ。

地下街にいた頃より、少し大人びて。他は何も変わらずに、当時のナマエのまま。



綺麗になったと、そう思ってしまった。



苦しい程に込み上げた切なさに胸を塞がれ、
いても立ってもいられず、足が自然と部屋の外へ向かった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「凄いな。ナマエは。あれで本当に新兵なのか。」


「・・・・・・。」


隣で呆気に取られ、ナマエの姿に見惚れるミケの言葉に嫌気が差す。


地下街で窃盗団として生活を賄っている時から、ナマエの立体機動は凄かった。

宙を舞うあいつは、羽が生えたも同然だった。

自由に、しなやかに、美しく、華麗に飛び回り。

誰もが目を奪われる様な、そんな飛び方だった。


・・・俺に飛び方を教えたのもナマエだった。



プシュッとガスを逃がし、ナマエが着地した。

「あのう・・・。」

「十分だ。さっそく壁外の最前線でも使えそうな位だ。頑張れよ。」


すらすらと、ナマエを傷つける言葉が口から出て行く。



・・・・クソッ。


目を伏せ、口を歪ませるカオに満足出来るはずもなく、また俺はナマエから逃げ出した。








明日はいよいよ、壁外調査という日の夜。


いつも通り寝つけずに、紅茶でも飲みに食堂に来た。


部屋に入ると、蝋燭の火が細々と照らす深夜の薄暗い中でナマエが座って何か飲んでおり、鉢合わせになって一瞬時が止まる。


部屋に戻ろうかとも思ったが、明日が初の壁外調査だというのにこんな時間まで起きているナマエに苛立ち、説教でもしてやろうと目の前に座った。


照らし出された顔が明らかに困惑し、緊張しているのが分かり、さらに苛立ちが募る。


「おい。てめえ、明日は初めての壁外調査だと言うのに夜更かしか?随分余裕のようだな。」


「眠れなくて・・。」

「それとそのカオは何だ?兵団に来てからずっとクソを我慢してる様なカオしやがって。
まさか俺が所属してると知らなかったとでも言うんじゃないだろうな。
毎日毎日、独りで暗いオーラぶちまけやがって。正直迷惑だ。士気が下がる。」


「・・・リヴァイが居るのは知ってた・・。 だからここに来たの。 ごめんね・・・・。」


それだけ答えると、ナマエは糸が切れた様に泣き出し、嗚咽を漏らした。


カップの中を見ると、白湯だった。

地下街でも、眠れない夜にはこうして飲んでいた事を思い出した。



「・・・・何で・・あの日来なかった・・・・。」



あの日。

俺がエルヴィンに下り、調査兵団の兵士となった日。

ナマエも一緒に仕事をする予定だった。


約束の時間になってもナマエは来ず、焦る中で先延ばしに出来ない仕事を始めた。


そして、エルヴィンに捕まった。


拳を握りしめる。

「・・・・お前が! お前が裏切ったんだろ!!


俺達を・・エルヴィンに売ったんだ・・・!!

お前のせいで、イザベルとファーランは死んだ!巨人に食い千切られてな!!!」


もはや抑え切れなくなった憤りを、泣きじゃくるナマエに投げつけた。
今までずっと奥底にあった、裏切られたという怒りとその傷口から血が吹き出し、止められなくなった。

瞳にただ怒りを宿し、ナマエを睨みつける。


何も言わず、何も答えず、何も教えてくれないナマエに、もはや怒りを通り越し、呆れ返った。


「口も聞けねえのか、てめえは。

明日の壁外調査が終れば、聞ける必要もなくなってるかもしれんがな。」


死ね、と 遠回しに言った。

かつて、自分が愛し、愛され、この仕事が終れば将来を約束しようと誓った相手に。


でもそこまで言ってもなお、足がこの場から動かなかった。


泣きじゃくる女に罵声を浴びせ、死ねとまで言ったのに、体は動かずその場に固定され、ただナマエを向いて待っていた。


何か言って欲しい。何でもいいから、「ごめん」以外の言葉が聞きたい。

「ざまあみろ」や「清々した 」そんな酷い言葉で構わない。

そしたらお前を恨み抜ける。

明日死んでしまうかもしれない、その前にはっきりさせたい。


今だにお前を信じてる、 この俺を殺してくれ。



ただ静かな夜に、ナマエの嗚咽が響き、時間が流れた後、ナマエが顔を拭い、腫れてしまった目をぼうっと宙に漂わせて「多分、明日死んじゃうから」と話始めた。



「あの日。皆が兵団に下った日。私も一緒に仕事をする予定だった日。


準備をして、家を出た。

立体機動はまだ付けずに家を出て。


リヴァイに・・・この仕事が終わったら、お互いを自分のものにする約束をしようって・・仕事が無事に終わるように、願掛けのつもりで、リヴァイにベルトを留めて貰おうと思ってた・・!

そして、あともう少し。あの角を曲がればって所で・・・わたし、


売人に、 売人に捕まって、

貴族に売られたの・・・!!

連れ去られる時、リヴァイが見えて、私のこと・・待ってるの分かった・・・!

でもどうしようもなくて、逃げられなくて、

それでこの前そいつが死んで

リヴァイに会いたくて・・入ったの


私のせいで二人が死んだのも、全部知ってるの・・・!!

それでもまだ、私リヴァイに」



もう十分だった。


ナマエは裏切ってなんかなかった。


自分の腕の中で嗚咽するこの女は、やっぱり自分が信じ、愛し、身を捧げるべき女だった。


あまりの悲惨な事実に声も出せず、ただ泣きじゃくるナマエを抱き締めてやる事しか出来ずに時間が流れる。


「・・・・すまなかった。
それだけじゃ言葉が足りないのは分かっている。

俺は、ずっと裏切られたと、そう思ってた。

でも本当は違うと、裏切ってなんかなかったと信じたかった。

その狭間で、お前を憎むしか出来なかった。


お前が跡形もなく消えて、絶望で生きる理由さえ失った。

あの日、お前に俺の生涯を捧げるつもりだった。


まだ間に合うのなら・・・

俺を許してくれ・・!


もう一度、俺に誓わせて欲しい。


お前の生涯を俺が守ると・・・!」


「すまない」「許してくれ」そんな言葉だけを腕の中に繰り返す。

あの日、裏切られたのはナマエだった。

生涯を誓おうと約束した、俺が裏切った。



「リヴァイ。私、あなたを愛してる・・!

こんな、こんな私でも、受け入れてくれるなら、私の生涯をあなたに捧げたい・・・!」


「ああ。お前を貰う。昔みたいに先延ばしにはしねえ。今すぐだ。お前の全てを俺に捧げろ。」


もう言葉は必要なかった。

荒っぽい口付けから始め、心も体も離れ合っていた時間を埋める様に、ただ求めるがままに熱を与え、与えられて、お互いを高め合い、そして果てた。

久しぶりに抱くナマエは胸を締め付けられる程に美しく、愛おしすぎてたまらなかった。


全てをぶつけ心地よい気怠さの中、二人視線を絡ませ、愛おしそうに目を顰めて顔を寄せる。


「ナマエ。壁外調査では俺が責任持ってお前を守る。
今度は逃がしたりしねえ。俺から離れるなよ。」

口付けを贈りながらそう言うと、「大丈夫。リヴァイに立体機動教えたの私だよ?人類最強男さん。私がリヴァイも団長もみーんな守ってあげる!死ぬ必要もなくなったしね。」と、昔みたいに悪戯っぽく笑った。

その笑顔が眩しくて、もう一度腕に閉じ込めて、もう二度と離れ離れなんかにしないと力を込めた。


「・・・お前が、俺の元へ戻って来てくれて良かった。」


「リヴァイ、待っていてくれてありがとう。またよろしくね。」


もう今日には壁外調査だが、なけなしの睡眠をとった日よか確実に身軽に宙を舞えそうだと、底なしの幸せを大切に抱き締め、今までの事を話しながら朝が来るのを待った。















( 後の兵士長補佐ヒロイン )


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