みじかいゆめ | ナノ
兵長の恋人
「あのう・・ハンジさん。」
「どうしたの?エレン。」
「リヴァイ兵長って、恋人とかいるんでしょうか・・?
いてもおかしくない歳ですよね・・。」
恐る恐る、といった感じで伺うエレン。
審議場での事があってから、リヴァイが関わるとエレンは神経をすり減らして取り組む様になった。
あれはエレンを助ける為にも、仕方がなかったのだけれど、エレンには堪えたんだろう。
人類最強の男に頭を踏みつけられ、一方的にボコボコにされたのだから。
「リヴァイの恋人・・?
あぁ!いるよ。エレン達は知らないかな。
兵団の中でも、知っているのはリヴァイと付き合いの長い連中だけだからね。」
恋人がいる、という事実に驚きを隠せず、驚愕しているエレンに、エレンにはリヴァイがそういう好意とか愛情を人に抱くような人間には見えていないんだろうと頷いた。
「確かにリヴァイは粗暴で、顔は仏頂面だし、暴力的だし、人を愛する事が出来るようには見えない。
でも、ナマエの前だとそれが出来るんだ。
ナマエには、あの男をそうさせる何かがあるんだろうね。」
「ナマエさん、ですか・・?」
「そう。兵士じゃないよ。ナマエは一般市民なんだ。
どうやって出会ったのかは、私も知らないけどね。
可憐で、穏やかで、とっても魅力的なコだったよ・・。
リヴァイの恋人って聞いて、興味が湧いてしばらく尾行してたんだ。」
平然と、言ってのけるハンジさんに愕然とする。
さすが変人の巣窟・・・。
「ハンジさん、それってやばいんじゃ・・。」
「うん。リヴァイにバレて、酷い目に合った!」
あはは、と楽しそうに笑うハンジさんに、全く懲りていない事を悟る。
こんな上司にはつきたくねぇ・・まだリヴァイ兵長の方がマシだと、モブリットさんを哀れに思った。
「そうだ!エレン!ナマエに会いに行ってみよう!
この時間はナマエは、買い物してるはずだから!」
「は?!あの、ハンジさ・・仕事は・・?!」
提案されるが否や、ズルズルと引きずられる。
・・ああ、リヴァイ兵長に殺される・・・。
あんな事、興味本意で聞かなければ良かったと、数分前の自分を殴ってやりたい衝動に駆られ、同時にこれから巻き込まれる事態に絶望しながら、そのまま上機嫌な上司に引きずられていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いた!ナマエだ!見ろエレン!あのコだよリヴァイの恋人は!」
ハンジさんと二人、茂みに隠れ、商店街を嫌々うかがう。
帰りてえ・・・。
ハンジさんの指差す先に、白いワンピースを着て、帽子を深く被った女の人が立っている。
お店の野菜を手に取っていて、こちからは顔は見えない。
「分かりました・・!
ハンジさん、見れた事ですし、本部に戻りましょう・・!」
顔は見えないが、もう一刻も早くこの場から去りたい。
今は見えない兵長の存在に怯える。
「何言ってんのエレン!ナマエと話したいんだろ?行って来い!!」
ドン!と思いっきり突き飛ばされ、不意打ちの事で対応出来ずに、そのまま兵長の恋人にぶつかってしまった。
・・話したいなんて言ってねえよ!!!
この時ばかりは泣くほど上司を恨んだが、時すでに遅しで、ぶつかってしまったからどうしようもない。
「すみません!!大丈夫ですか?!」
泣いて逃げ出してしまいたい気持ちを抑え、転ばせてしまったナマエさんに声をかける。
顔を上げたナマエさんと目が合い、驚愕した。
何だ・・この人・・・すげぇ可愛いじゃねぇか・・!
色白の肌に黒目がちな丸い瞳と、瞳と同じ漆黒色の髪。
ワンピースから出ている細く、傷のない女性らしい脚に思わず胸が高鳴る。
「大丈夫ですよ。」
と言ってにっこり笑うその笑顔に、また心奪われた。
「あ・・帽子・・!」
見ると、被っていた帽子が水溜りに落ちて泥々になっていた。
ナマエさんの顔が曇り、困惑しているのが手に取る様に分かって、焦りが広がる。
もしかして、兵長に貰った帽子とかじゃ・・?!
血の気が引いていき、審議場でのあの痛みが鮮明に蘇る。
「あ、あの・・!ほんと!すみません!!」
ああどうしよう・・終わったな俺。
いい人生だった・・・
ナマエさんに頭を下げながら、今までの思い出が走馬灯のように蘇る。
アルミンと約束した景色、見たかったな・・・。
「あの・・!大丈夫なので、頭を上げてください・・!」
そろりと顔を上げると泥だらけの帽子を握り、大丈夫、と、さっきと同じ笑顔で笑うナマエさん。
・・兵長も、この笑顔にやられたんだろうか。
髪色のせいか、少し幼く見える温かな人懐っこい笑顔につい、見惚れてしまった。
笑顔が似合うって、こういう人の事を言うんだろうな、とぼうっと考える。
「調査兵団の方ですよね?その自由の翼。
私、兵団の活動のこと応援しています!
街の中には、快く思ってない人もいるみたいだけど・・それでも、兵団の壁外調査は大事な事です。私は間違っていないと思ってます!
壁の外を恐れない、勇敢な方達だと。
あの・・だから、こんな帽子くらい、気にしないで下さいね。」
それでは、そう言って会釈をし、立ち去ろうとするナマエさんの腕を引いて、思わず引き留めた。
「 ? どうかされましたか?」
「ナマエさん・・・俺、もっとナマエさんと
ー ドカッ ! ー
突然、頭に衝撃を受けて地面にひれ伏した。
な、なんだ・・・?
何が起こって・・!?
霞がかる視界の中で、ナマエさんがニタニタと下世話な笑顔を浮かべた男二人に抱えられ、連れて行かれるのが見えた。
あんなに穏やかで温かかった瞳を凍りつかせ、今にも泣き出しそうな顔で必死に俺に手を伸ばし、恐怖で声にならない声を上げているのが見えた。
身体中の血が逆流し、守らなければと思った。
・・あいつら・・・ふざけんな・・!
ぶっ殺す!!!
拳に力を入れ、地面を突き上げた時、
二人の男が弾け飛んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今日は、珍しく仕事が早く片付いた。
こんな日は気分がいいはずだが、何か嫌な予感がし、胸が不安でざわめいている。
なぜだか分からない。
早くナマエに会いに行かねばと焦燥に駆られて、すぐに本部を飛び出した。
この時間なら、まだ買い物をしてるはずだと、いつもの店へ走る。
「おい。ジジイ。ナマエは来たか。」
「あー。さっき来てたけどね。そういえばいなくなってるな・・まだ何も買ってないんだけど。」
ちっ! やっぱりだ・・。
俺の予感は、どうやら当たっていたらしい。
「さっき」という言葉なら、まだそう遠くへは行ってないはず。
それにしてもなぜ。
なぜばれた・・?
握っている拳に汗を感じながら、切迫し周りを見渡す。
あれは・・・エレン?
なぜあいつがこんな所に・・
不安定なエレンの瞳の先に、連れ去られるナマエを見つけた。
考えるより先に体が動く。
「リヴァイ」と、俺の名を呼ぼうとしてるのが見え、湧き上がった怒りに身を任せてそのまま男共を投げ飛ばした。
地に足をつけ、伸びてしまった二人を見下ろす。
下衆な野郎共め・・憲兵団に引き渡して一生牢にぶちこんでやる。
ナマエに目を向けるとまだ恐怖の色が消えていないものの、なんとか自分を抱き締め、こちらを見て「ごめんなさい」と何度も呟いている。
「・・・ナマエ。帽子はどうした。」
「よ、汚れちゃったの・・水溜りに落としてしまって・・・それで・・!」
きつく目を瞑り、怯えるナマエ。
「兵長!俺が・・俺がぶつかって、帽子を落とさせたんです・・!」
顔をしかめ、何とか立ち上がったエレンが俺が悪いんですとナマエを庇った。
ジャケットを脱いでナマエに被せ、エレンと対峙する。
「・・・ほぅ。 なぜお前がこんな所にいる。俺の許可なしには行動出来ないはずだが。
まあいい。大方、クソ眼鏡にでも葉っぱをかけられたんだろう。必ず後でシメてやる。
エレンよ。お前は、こいつにとって帽子で顔を隠すのがどれだけ大事な事か知っていたか?
ナマエは純潔の東洋人だ。身売りされれば、高く売れる。いつもクソみてえな売人に狙われる。あそこでのびてる二人が正にそうだ。
俺はこいつの恋人だが、付きっきりで居られる訳じゃねえ。
今みたいに偶然居合わせ、守ってやれる事はほぼ無いに等しい。
だから帽子を被せて守ってる。
お前はナマエを危険に晒したんだ。
分かるかクソ野郎。
俺が居合わせなければ、ナマエを失っていた。」
・・・こいつに怒りをぶつけても、どうしようもない事は分かっている。
諸悪の根源はハンジで、帽子が被れなかったのは事故だ。エレンのせいじゃねえ。
だが、ぶつけずには居られなかった。
今回は間に合った。
でも次は?次も必ず守ってやれるとは限らない。
その憤りが、抑えきれない程にどうしようもなく暴れ出し、不安に支配された。
「リヴァイ・・。 来て。」
後ろから、涙を溜め、眉を下げて微笑んだナマエが俺を呼んだ。
地面に力なく座り込み、震える両手を宙に掲げている。
迷うことなく、自然と、欲していた様に体がナマエを抱きしめた。
首筋に顔を埋め、ナマエの香りを感じて、一気に力が抜けていき、穏やかさと冷静さを取り戻す。
もう一度深く首筋に顔を埋めた後、ナマエを抱いて立ち上がり、自己嫌悪で放心してしまったエレンに向き直る。
「お前には後で俺が躾をしてやる。いくらハンジにやらされたからと言って、重大な規約違反だ。そんな態度じゃ解剖されたって文句は言えねえぞ。
そこの奴らを憲兵団に引き渡して処分しておけ。
俺はナマエを送ってから帰る。分かったな。」
一発蹴りを入れてエレンを覚醒させ、その場を去った。
エレンには悪いが、今は俺にも余裕がない。
「ナマエ、お前にも躾が必要だと思わないか?」
視線に力を込め、壁際に閉じ込める。
いっそこんな風に、閉じ込めてしまおうか。
そうすればあんな目に合うこともない。
「リ、リヴァ・・ごめんね・・。」
濡れる瞳を揺らし、目を合わせないナマエ。
でも、あのね、と言葉を紡ぎ、視線を持ち上げた。
「気をつけるから、し・しつけはしなくて大丈夫・・。
だけど、今日は・・リヴァイを感じたいの
私、怖くてたまらなかったの・・!
リヴァイに、抱き締めて欲しい。」
お願い、 震える手を俺に絡め、珍しく甘えたなナマエに、くすぶっていたエレンへの嫉妬心も、独占欲も、綺麗に消されてしまう。
やっぱり俺は、こいつが居ないとどうしようもないガキのまんまだと、笑ってしまう。
同時に、それを許し、受け入れ、愛してくれるナマエの存在が自分にとって不可欠だとも。
「・・悪くない。嫌と言うまで抱いてやる。」
熱に早まる衝動を抑え、甘い唇を堪能した。
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