みじかいゆめ | ナノ



船をこぐ




ここ最近、とにかく眠い。


早い時間に就寝しても、朝スッキリ起きられない。


あんなに寝たのに、なぜか日中強烈な睡魔に襲われる。


目は開いているのに、頭はいつも睡眠を求めていて、隙あらばうつらうつらと船を漕いでしまう。



「ナマエ?大丈夫かい?」


「!!す、 すみません!団長!すぐ仕事に戻ります!」


またぼうっとして、寝かけてしまっていた。

団長の目の前で、何という失態だ・・。

頭を抱えて涙ぐむ。
昨日も十分な時間、睡眠をとったのに・・。



「いや、いいんだよ。それより、ちゃんと眠れているのかな?」

「毎日、十分すぎるくらい睡眠を摂ってはいるんですが、どうにも眠くって・・。

団長や他の兵士の方にご迷惑がかからないよう、しっかり責務に勤めます!」


居眠りなんかしてしまった部下を、気遣ってくれる。

本当に団長は優しい方だ。あの優しいブルーの瞳で見られると、こんなダメな自分も浄化される気がする。


「ふむ。十分寝ているのに、眠いんだね。」

「そうなんです・・。すみません!だらしがなくって・・。」


「いや、一度診てもらった方がいいかもしれない。

リヴァイには、眠くて困っている様だという事だけ伝えておこう。
リヴァイは鋭いから、気づくとは思うが。」


「 ? あの、なぜ兵長にお伝えするのでしょうか?」


兵長は、私がお付き合いしている恋人でもあって、団長はそれを知っている。


・・・もしかして、リヴァイに私を叩き直して貰うつもりなのかもしれない。
いや、そうに違いない。


「うん。とにかくナマエは医務室へ行きなさい。
私が言うべきではないと思うからね。」


そう言って、さあさあと団長室から追い出された。



「医務室に行けって言われたけれど・・・。」



私はどこも悪くない。

ただ眠いだけなのだ。

医務室に行って、何と言えばいいのだろう。



「寝ても寝足りないんです」?


「眠いと団長に言ったら医務室に行けと言われて来ました」?


・・・何と言っても、医療班の方の手間をとらせるだけだと思った。

だってだだ「眠い」それだけなんだから。

眠かったら眠ればいい。

簡単な事なのだ。

ただ私に休みがないだけで。


「えーっと。次の休みはいつだったかな。」

その日は一日寝て、この凄まじい睡眠欲を満たす為に使ってあげようと考えながら、立体機動の訓練へ向かった。







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






執務室で書類を処理していると、二ファに「団長が呼んでいます」と言われ、団長室に来た。


大方、次の壁外調査の予定でも決まったのだろうと予想をつけ、ノックする。




ー コン コン ー



「エルヴィン。俺だ。」


「入ってくれ。」



返事を貰い、ドアを開けると、頬杖をつき、見たこともない穏やかな笑顔で、にこにことこっちを見て笑うエルヴィンが座っていた。




ー バタン ー



・・・思わずドアを閉めちまったが。


一体何なんだ・・?あの虫酸が走る顔は。

今まで、エルヴィンのあんなカオは見たことがない。

巨人について何かとんでもない事でも分かったのだろうか。



もう一度ドアを開けると、先程よりは笑っていないが、それでも見るからに上機嫌といった感じのエルヴィンが居た。



「・・・気持ち悪ぃな。 一体なんだ。」


眉を顰め、ソファにどさっと座り脚を組む。

エルヴィンも俺の向かい側に座った。



「リヴァイ。ナマエが眠いそうだ。」



・・・幸せを噛みしめた様な顔で言われてもな。



「だから何だ。夜更かしでもしてんじゃねえのか。俺に注意しろと?ああ分かったそうしよう。早く寝ろとでも言っておく。

それで、お前がそんな気持ちの悪ぃ顔する位の要件は何だ。そっちを先に言え。」


エルヴィンが言ってきた事は、正直どうでもいい事だった。


いや、どうでもいいと言うと誤併があるな。


眠いという事は、万全じゃないって事だ。


壁外では、万全にしてても命を落とす奴が多い。
俺も自分の任務があり、ナマエに付いて回れない中でその体調はまずい。

だから今夜にでもあいつにゃ説教する。
夜更かししてねえで早く寝ろと言うつもりだ。

どうでもいいと言ったのは、エルヴィンがあんなに喜んでいやがるから何事だろうと身構えた割りに合っていなかったせいだ。


「・・リヴァイ。分からないのか?

ナマエは夜更かしなどしていない。
寝ても寝ても寝足りず、日中に居眠りしてしまうそうだ。

なぜだか分かるだろ?お前なら。」



・・・・俺なら分かる?




・・まさか・・・いや、そうなのか・・?!


きちんと寝てるのにエルヴィンが心配するくらい眠いのなら・・・その可能性が高い




ある一つの答えが浮かんだ。

「まさか」 「いや、そうに違いない」と、頭がまだ状況に追いついて来ないが、間違いない。



それは、俺が望んだ事でもあった。


体中の力が抜け、情けなく震える。


「エルヴィン・・・あいつは・・・。」


「ああ。そうだと思う。

ナマエには、医務室へ行くよう言っておいた。
今頃、診察を受けているだろう。行ってこい!」


喜んでいるエルヴィンに肩を叩かれ、まだどこか空中を彷徨っている体を連れて医務室へ走り出した。







「ナマエ!!!」


医務室のドアを力任せに開け、名前を呼ぶと、医療班の兵士が驚いて俺を見た。


「兵長。ナマエさんは来ていませんが、負傷されたんですか?」


「来ていないだと?」

「はい。今日は来ていませんが・・。」



くらり、と目眩を覚え目頭を押さえる。


馬鹿が! どこをほっつき歩いてんだあいつは・・!


心配を通り越して、沸々と怒りに近い感情が湧いてくる。



・・・待てよ。

あいつまさか・・訓練に出るなんざ馬鹿な真似はしちゃいねえよな・・・。



最悪の予想が浮かび、蒼白する俺に「兵長?大丈夫ですか?」と声をかける兵士。



確か、立体機動の訓練の予定が立っていたはずだ。

対人格闘よりはましだが、それでも落下の危険を考えると大して変わらない。

大体、あいつはいつもアンカーの射角が甘い。



ここに居ないとなると出ているはずだ。訓練に。


結論が出るや否や、もう何も考えずに全力で駆け出した。












「それでは、訓練を始める。各自配置に着け。」


「はっ!」


敬礼をし、自分の配置である木の上まで飛ぶ。

枝の上に着地し、体勢を整えた時だった。




「ナマエ!!!!!」



恋人であり、上司であるリヴァイの怒号が聞こえ、条件反射で身を硬く固める。


「な、なに・・?」


突然の兵士長の全力の怒号に、他の皆も怯えて固まり、何事かと私を見る。



「てめえ!何ふざけた事やってんだ!!降りて来い!!」


訳も分からず全力で怒鳴られ、混乱する。

大体、リヴァイは怒ってもこんな風に怒鳴って威圧したりしない。
目で睨みつけたり、少し当たりの強い言葉で叱ったり、そういう怒り方なのだ。


リヴァイがこんなに取り乱して怒るなんて、私は何をしてしまったのだろう・・。
「何してる」と聞かれても訓練であり、するべき事だと思うんだけど・・・。

身に覚えはないが、とにかく下に、リヴァイの元へ早く降りなければと、体勢を取る。



「!!!待て!降りるな!俺が降ろす!!」



「え?」


断る暇もなく、リヴァイがアンカーを刺し、こちらへ上がって来た。


隣へ着地したリヴァイに、思わず首を竦めて身構える。


怒られる・・・っ!



「おい!大丈夫か!怪我はしてねえのか!?」



え?

さっきとは打って変わって、どうやら今度はかなり心配されているらしい。

肩を掴み、目を見開いて私を見るリヴァイに呆気にとられる。


「おい!早く答えろ!」

「は、はい!大丈夫です・・。」


怒ったり心配したり、今日のリヴァイは変だ。
こんなに騒がしい彼を見るのは初めてで、こんな風に怒られたり心配されているのは全て自分なのだが、どこか他人事のように彼を眺める。


「よし。ならいい。医務室に行くぞ。俺が運ぶ。お前は大人しくしてろ。」


「え?は!わぁ・・っ!」

私の返事も聞かず、所謂お姫様抱っこというやつをされる。

周りの兵士の熱い羨望の眼差しが刺さり、非常に恥ずかしい。

「リヴァイ・・?恥ずかしいんだけど・・それに私、立体機動つけてるよ・・?」


周りの視線を物ともせず、平然と私を抱いて下に降りるリヴァイ。


いつの間に、こんなに大胆な男になってしまったのだろう。
影武者とかじゃないよね・・?


自分を抱く男に不信感を抱きつつも、結局そのまま降りる事は許されずに、医務室まで連れて来られた。



「ナマエを診察してくれ。多分妊娠してる。」


「・・妊娠、ですか・・・?」


私も含め、部屋にいるリヴァイ以外の全ての人が予想だにしない言葉に呆気にとられる。

あまりの驚きに開いた口が塞がらない。



「ああ。そうだ。早く診てくれ。」


一寸の迷いもなく診るよう頼むリヴァイと、半ば放心状態のまま私の診察を始める兵士。



・・・私が、妊娠・・・・?



心当たりがない事はない。

でも全く、全く予想していなかった。

信じられずにただぼうっとされるがままに診察を受ける。


確かに異常なまでの眠さに加えて、月ものが少し遅れている。


展開の早さに私の気持ちが追いつかず、不安に襲われリヴァイの方を見る。


リヴァイはいつもの様に腕を組んで壁にもたれ、どこまでも優しく、柔らかい眼差しで私を見守っていた。

初めて見るその表情に、「ああ。本当に妊娠しているんだ」と、ストンと心が落ち着いて、幸福感と希望の波が徐々に体に広がって不安を拭う。


リヴァイ、と名前を呼ぶと、そのまま私の枕元へ座り、手をとって愛おしそうに口元へ寄せた。





嬉しそうに微笑んで、
「兵長、ナマエさん、おめでとうございます。」

と話す兵士にリヴァイが「ありがとう。」と穏やかに答える。

私に向き直った顔は喜びで涙ぐんで、今にも泣いてしまいそうだった。

「ありがとうナマエ。」私にもそう言って
、そっと抱きしめてくれたリヴァイを抱きしめ、溢れでる喜びを二人で共有してひとしきり泣いた。






( ナマエ、幸せすぎて、溶けちまいそうなんだが これは現実か? )

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