頼もしいお隣さんが出来ました。
お互いに持ち寄った手軽な食品を並べて仕立てた朝食を囲み、ばったり出くわしてしまった隣人のハンジさんに誤解を解くべく、リヴァイさんと私の数日のことを話した。
鍵を失くして雨に打たれたこと。リヴァイさんに早くシャワーを浴びろと注意されたこと。案の定熱が出て、配達に来たリヴァイさんに発見されたこと。そして看病してくれたこと。
ハンジさんは目の前のパンよりも私の話にかじり付くようにじっとして、「それじゃあ、この部屋から出て来たのは看病してたからなんだ。」とようやく一言を発した。
「そういうことなんです。だから”何か”あったワケでは全然なくって!」と念を押され、きっと膝上で握り締めていられたであろう拳もマグカップへ伸びる。
その姿に、私もやっとホッと一息ついた。
しかし意を決した様にマグカップの牛乳を一息に飲み干したハンジさんは「ぷはっ」と息を吐き出して「でもさ、やっぱり変なんだよねえ」と言うので、話が振り出しに戻ってしまった。
ハンジさんによると付き合いが長いだけに、どうにもリヴァイさんらしくないらしい。それで食も進まないのだ。
「変・・でしょうか・・?」
「うん。だってさ、リヴァイなんだもん。変だよ。」
うん、やっぱり変だ。
そう何度も確実に頷いて、今度はハンジさんが話し始める番だった。
「リヴァイが誰かの家に外泊したなんて、聞いたことないよ。
いつも宅飲みする時だって、リヴァイだけは必ず帰るもん。」
それについては、思い当たる理由があった。
ああ・・・それは多分、私が手を握っていたから帰れなかったんだと・・。
きっと帰りようにも帰れず、困らせてしまったのだろう。
友人と過ごす夜でも泊まって行かない人だったのなら、どんな顔と気持ちで手を離さないで居てくれたのか、今なら想像がつく。
困らせてしまったな、と目を伏せた。
でも関係を疑われている今、そんな事実は勿論話せるはずもない。
握り締める紅茶缶は昨夜味わった掌の温度のように冷えている。
それにしても熱で意識が朦朧としてたとはいえ、どうしてあんなお願い出来たんだろう、自分が怖い・・。
「昨日の熱は本当に辛くて私もグッタリしてましたから、帰りたくても帰れなかったんだと思います。」
なんとか、疑いを晴らしたい。
熱を出してしまったばかりに、リヴァイさんにこれ以上の迷惑はかけたくなかった。
「うーん、それは分かるんだよ。リヴァイもこーんな顔してて優しい人間だしさ。」
眉を顰めて目を指で吊り上げてみせるハンジさんに思わず笑みがこぼれる。
どうやらリヴァイさんの顔を真似ているらしい。
「リヴァイは泊まらないというか、泊まれなかったんだよね。
だからこの部屋、ナマエの家になら居座れたというなら・・そういう理由なんだと思う。例え君が熱を出してた理由も含まれてたとしてもね。」
「 ? 」
あのう、話がよく分からないんですが・・。
そんな風に言葉を出す前にハンジさんは腕を伸ばし、私の頭を撫で付けた。
その仕草がこれ以上は言わないよと語っていて、私は少し恥ずかしく思いながらハンジさんの手が去るのを待った。
リヴァイさんとの関係の誤解も、取り敢えず解けたようだし。
それに人懐こい顔で笑うハンジさんが、なんだか私、とても好きだと思った。
ーーー♪
「あ、すみません、出てもいいですか?」
「モチロン。私のことは気にしないで。」
知らない番号だった。
もしもし、と声を出してみる。
「ナマエか?てめえ今日も荷物があるじゃねえか。」
一瞬で、意識を引き込まれた。
機械を通しても同じ声と声の調子。
「リヴァイさん!わぁ!電話初めてですね?」
嬉しい、と。思わず顔が綻ぶ。
「くしゃみ出ませんでした?」
「あ?」
「いえ、こちらの話です。」
今まで散々、ハンジさんとリヴァイさんの話をしていたから。
向こう側へ伝わってしまわぬようにクスリと笑う。
しかしそんな冗談を言ってしまったことを、まさか後悔するなんてーー
「・・・てめえまさか、まだハンジの奴と一緒に居るんじゃねえだろうな?」
ぎくり。
「!!い、いません!」
とは言ったものの、慌てて声は裏返ってしまったし、「うるせえ、嘘つきめ。ハンジに代われ。」と言われてしまえばもう言い逃れ出来っこない。
ハンジさんは申し訳なさ気に携帯を差し出す私に”大丈夫だから”とでも言うように、事も何気にリヴァイさんと話始めた。
「もしもしリヴァイ?・・・・も〜そんなに怒るなって〜・・・うん、大丈夫だって!何にも言ってないからさあ!・・・はいはい、分かったからナマエに代わるよ?じゃあね」
この受け流しの感じが二人の付き合いの長さとか仲の良さだなぁと、何だかしみじみ思いながら携帯を受け取り、素直に羨ましいと思った。
きっと今まで沢山の時間と出来事を一緒に過ごしてきたんだろうなぁ。
ー・・あ。でもそんなハンジさんでも不思議に思う一夜を、私は・・・。
「おいこら!まだ話は終わってねえ・・!」
「リヴァイさん?」
「・・いいか、ナマエ。知らない人間を家に入れるな。」
などとリヴァイさんは言うものだから、本当にどれだけ私のことを子供だと思ってるんだろう!
これでも単身で知らない土地へ移り住んでいる身なのに!
少し・・・・少しは、私、今までのリヴァイさんのお友達とは違うの?って、考えこんじゃったのに!きっと今までに無いくらい、子供扱いされちゃってるだけなんだ。
「そんなことは分かってます!ハンジさんだから入れたんです!お隣さんですよ?」
それくらいの分別は出来ますと、保護者のようなリヴァイさんに言い切った。
「ハンジとは今朝会ったばかりだろ。犯罪者だったらどうするんだよ。」
「ハンジさんはいい人ですよ?それに、リヴァイさんのお友達でしょう?」
「・・・あのなあ、俺のことだってロクに知らないだろうが。」
「分かりますよ、リヴァイさんがいい人だってことくらいは。
だって悪い人がちゃんと鍵閉めろ〜って怒ったりしません。」
「ブッ!!」
ハンジさんが紅茶を噴き出してしまったので、ティッシュで拭いていると「もういい、それ以上喋るな・・。今夜行くから、その時に話の続きをしよう。」とさっきまで保護者のようだった電話の向こうのリヴァイさんの口ぶりが弱々しい。目頭を揉んでいる様が目に浮かぶようだ。
「リヴァイさん?大丈夫ですか?
私、そんなに喋ってないと思うんですが・・。
今夜はお詫びに、夕食をご馳走させて欲しいです!いいですか?」
「何言ってる、病み上がりだろう。」
「もうすっかり元気ですよ?」
「駄目だ。ったく馬鹿かお前は。また熱出しても絶対看病なんかしてやらねえからな。俺が行くまで大人しく寝てろ。分かったな?」
声がハンジさんにまで漏れているんだろう。
さっきから頬杖の間から満面の笑みで私を見ているので、断られて気落ちした心もつられてすぐに笑顔になる。やっぱりこんな風に乱暴な言い方に変えても、優しい言葉はトゲにはならない。それってつまり、気遣ってくれているんだもの。
今すごく、またあの手を握ってみたい。
少し大きくて、骨っぽくて。でも穏やかで優しい手。
もうきっと握らせて貰えないだろうけど、握りたいと思ってみるだけなら許されるだろうか。
どんな風に振る舞えば、この気持ちを伝えられる?
「ありがとう」って言うだけじゃ物足りなくて、「嬉しい」と口に出すだけでは自分本位だ。
同じくらいにホッコリできる様な、共有出来る何かをしたいのに。
ああすごく、会いたい。
そんな風に思ってしまう私はリヴァイさんが言うように”馬鹿”なんだろう。
だってまだ出会って間も無いのに、こんなに求めて、依存して。
大丈夫。私は小さな子供じゃない。
だからもう少し、適当な距離を保つべきなのだ。
会いたいなんて言葉は、まだ言ってはいけない。
間違っても声だけじゃ遠いと思ってはいけない。
弱って心細い夜に側にあった体温が恋しくて、今は求めてしまうだけなんだ。
また荷物を受け取るだけの立場に戻れば、この落ち着けない心も元どおりになる筈なのだ。
「おい、ナマエ?」
「ーはい、分かりました。
ふふ、やっぱりリヴァイさんは優しいです!」
「リヴァイやっさし〜!!」
「!!チッ、喋るなと言っただろうが馬鹿が!」
携帯を耳から遠ざけてしまう様な怒号の後、通話の終わりを告げる規則正しい機械音が響いた。
「切られちゃいました!」
「あー面白いもの見せてもらったよ、ナマエ。
リヴァイが長居する理由も掴めた気がするよ。」
「 ? 」
「頑張ってねナマエ。
リヴァイをもっともっとかき乱してやってくれ。」
そう言ってハンジさんがかき乱しているのは本日二度目の私の髪の毛で。
「かき乱す?」
それは怒らせるという意味だろうか。
でもそもそもリヴァイさんは本当に怒ってるんじゃなくって、それをハンジさんは私より知っているハズだし。と、再びあちこち乱れ飛ぶ髪のまま考える。
リヴァイさんをかき乱す、というのは、どんな意味なんだろう・・?
「仲良くしてやってくれ、って意味さ。」
そう言い直してハンジさんは「またね」と隣の部屋へ帰って行った。
なんだか居残り補習しているような時の気分。
ハンジさんの言いたい事は”仲良く”より”かき乱す”の表現により近いハズだというのは、最後の笑顔に含まれていた。だって最後のは、最初より何かを隠したような、意味深な笑顔だったから。
でも私に汲み取れるのはここまでで、全てを理解出来る力はまだ無い。きっとリヴァイさんはこういうの得意で、直ぐに教えてくれるんだろうな。バーカとか言いながら。
「”仲良く”なら分かるんだけど、”かき乱す”ってなんだろう?」
うん。いいよハンジさん!
これは私が考える。そしてその通りリヴァイさんに施して、いつも怒られてる私に「参った」って降参させてやるのだ。
それで顎に指をかけ、しばらく頭をひねってみたけれど結局これと言う答えは出ず、仕方ないので求人誌を片手にリヴァイさんが来るまで言われた通り大人しく出来る、仕事探しを始めることにした。
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