おくにの違い
「代金・・・よし。
印鑑・・・よし。
ストレートティー・・・は、冷蔵庫の一番手前にスタンバイ・・・よし。
うん。これでリヴァイさんも怒る隙もないだろう!
もしかしたら、感心してくれるかも・・。」
時計を見ると、お昼時。
そろそろ昨日の配達時間になる。
ー ピンポン ♪
「!!き、来た!」
弾かれたようにきっかりお釣りなしの代金と印鑑を仕舞っておいた封筒を掴み、冷蔵庫の一番取り出しやすいポジションのストレートティー缶も掴む。まるで短距離走なのに給水ポイントでボトルを掴んだみたいだ。そのまま玄関まで走る。
「お、おまたしました!」
噛んでしまって格好悪いけれど、今日はびっくりする早さで扉を開けれたはず・・!
きっと驚いて綻んだ顔が見れると、期待に胸を膨らませリヴァイさんを見た。
「あれ?・・・・な、何で・・・?」
こんなに早く出たのに、やっぱりリヴァイさんは昨日のリヴァイさんのまま。
今日もとーっても機嫌が悪そうだ。
「てめえ・・・・。」
今にもゲンコツでもされそうな雰囲気に首をすくめる。
もうこうなってしまえば、何が悪かったのかも分からない。私は到着に待ち構えてやれるだけの準備はし、最短で扉を開けたはずだ。
「ごご、ごめんなさい!」
根が臆病なので文句無しのタイムで謝罪の言葉が口から飛び出す。
苛立ち顔をヒクつかせるリヴァイさんが発したのは、意外な言葉だった。
「おい・・・てめえ、何故鍵をかけていない。昨日もだったよなあ?
お前、地方から出て来た田舎モンだろう。都会舐めてんのか?あ?
ピッキングしてまで入って来る野郎も居るってのに施錠すらしてないとは聞いて呆れる。
いいか、そんなんじゃ男に部屋に押し入れられて無理矢理×××されて×××を×××されたって文句は言えねえぞ。分かったかこのクソ田舎娘が。」
「あ・・・。」
確かに・・・・。
流石に夜は施錠して寝るけれど、日中は家から出ないし一度扉を開けると夜まで開けっ放しのままだった。
故郷ではご近所付き合いも深く、見知らぬ人が歩いているだけで「あら、誰かしら?」と誰かが気にかけてくれるので押し入れられたり、物騒な話題とは無縁だった。
時には「こんにちは」の言葉と共に玄関扉を開けてしまう人だっている。施錠していないので勿論すぐに開き、逆に施錠していて扉が開かないと「あらやだ、何で鍵なんかかけてるの?」と言われる始末。
そういう環境でずっとぬくぬく育って来た所為で”用心”という言葉を忘れていた。
隣の部屋の人の顔すら知らないのだから、どんな人なのかなんて全く分からない。
そんな地域で、施錠しない方がおかしいんだ。単身一人暮らしの女の子が。
「ごめんなさい・・・。」
指摘させるまで気づかなかった自分が恥ずかしく、そして惨めだ。
「・・分かったならいい。俺が帰ったら施錠しておけ。」
落ち込んだまま荷物を受け取り、料金の封筒を渡す。
中身を確認したリヴァイさんが、「やれば出来るじゃねえか。」と褒めてくれた。
「昨日よか出てくるのは約2秒早かった。代金もキッチリ釣りなし。
施錠してなかった事は、これで相殺にしてやるよ。」
顔を上げると、まだ少し意地悪さを残しながらも口角を上げて笑うリヴァイさんがいた。
「それと、これをくれるのは正直かなり悪くねえ。
すぐ何か手土産を持たせたがる、田舎モンのお前こそだが。」
握っていた冷たいストレートティーの缶を奪い、昨日と同じ「ありがとな」を言い残して走り去って行く。どうやら本当に忙しいようだ。
また嵐が去った後には冷たい缶の結露で濡れた手の平と、無事に届いた荷物。
「都会の人は・・・・業者の人に差し入れしたりしないんだ・・・。」
また一つ、勉強になった。
都会じゃ宅配便の人や水道検査の人、大家さんに一々ジュースを差し入れたりしない。
でも・・・・・と、濡れた手の平を広げて考える。
リヴァイさんは喜んでくれる。
リヴァイさん。
あんなに怖い顔で不機嫌そうで一見冷たそうなのに、何だかんだ言って面倒を見るような事をしてくれている。
「ふふふ、リヴァイさんだって、近所のおばさんみたい。」
近所のキルシュタインおばさんは、小言を言いつつも顔を合わせると必ず声をかけてくれ、おせっかいを焼いてくれた。
怖かった配達人のリヴァイさんが何だかただ怖いだけの人に思えなくなって、無くなってしまったストレートティーを買い足しておこうと午後は行きつけの買い物先を見つける事にして、外を歩いてみることに決めた。
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