開口一番
「よし、注文っ!これで今度こそキッチン関係は揃ったかな?」
上京して3日目。
生活に必要な物は全て持って来たつもりだったのだけれど、やはり完璧にというのは難しく、あれが足りないーあれもないで、まだ慣れない土地を出歩く気にもなれずに片付けの合間を縫ってネットストアで生活品を買い足している。
地方で暮らしていた頃は考えられなかったが、ここでは午前中に注文すればなんと、その日の内に届けてくれる。
故郷での平均は早くて3日なので、初めてこれを体験した時の驚きと言ったら・・・。
午前中に注文した荷物を片手に抱えるSOGUWA急便の人を目の前に、しばらく固まってしまったものである。
ー ピンポン ♪
「あ、今開けます!」
取り敢えずダンボールから出されたお皿達や、まだ開け終わってすらいないダンボールの障害を避け、玄関まで走る。
単身用の小さなキッチンを過ぎて思うところがあり、冷蔵庫に寄り道した。
急いでドアノブを回し扉を開けると、一直線上のベランダまで通り抜けた風が髪をかき上げ目を細める視界に、上京してから一番馴染みのあるSOGUWA急便の制服が目に入った、が、顔を見ると初めての人だった。
「あのう・・・。」
背は同じくらいで目線も同じ高さなのだが、どうにも威圧感を感じる。
サラサラとした長めの前髪を無造作に分け、その間から何故か忌まわし気に顰められた眉と、睨みを利かせる切れ長の瞳がジトリとこちらを見る。
何度確認しても、間違いなくSOGUWA急便の制服でプレートには”リヴァイ”の文字もある。
「・・・遅い。」
「へ・・・・?」
「お前、インターホンが鳴ってからここを開けるまで何秒かかってる。ここのアパートはそんなに奥行きがあるのか?あ?」
「ごごご、ごめんなさい・・・!」
・・・怖い!怖すぎる。何なんだこの人は・・・・。
今までこの部屋に荷物を届けてくれていた金髪で品のある男の子は一度もこんな事を注意した事はなかったし、こんなに怒られるほどモタついた自覚はない。
理不尽だと分かっていても、何故かこのリヴァイという人には異議を唱える気にもならない。
とにかく、逆らったら殺されそうなくらい機嫌が悪い・・気がする。
「3580円。」
「え、あの、」
「代引きを選択しただろうが。3580円、早くしろ。俺は忙しい。」
「わ!分かりました!ちょっと待ってください・・!」
舌打ちを背中に受け、もう半泣きになりながら部屋を見渡す。何しろ、引っ越したばかりで散らかっているのだ。
見つけた財布から4000円を取り出し、急ぎ過ぎて余計な小銭を転がしながら、これは何かの競技なのかと錯覚するほど大慌てでリヴァイさんへお金を差し出す。
「4000円だと・・?このグズ野郎。こういう時は釣りが出ないようキッチリ用意しとくもんだろうが。」
「は、はい、おっしゃる通りです・・!ごめんなさい・・!」
またもや盛大な舌打ちを受け取り、お釣りを差し出すリヴァイさんに恐れおののきながらも気になっていた事を聞いてみる。
「あ、あの、金髪の人は・・?」
「あ?・・・アルミンか?あいつは別の担当に回った。元々体力がない奴だった上に、エレベーターなしの5階に住んでる女がここんとこ毎日荷物を頼みやがるんで音を上げてな。
これからは俺が担当だ。俺から荷物を受け取るんだ、受取人としての心構えをしっかり躾てやるよ、お前・・・・ナマエよ。」
ニヤリと邪悪な笑顔を浮かべるSOGUWA急便リヴァイさんに、くらりと眩暈がした。宛先氏名の所為で名前までバレている。
これから沢山頼りにしようと思っていたのに、まさかこんな人が来てしまうなんて・・・・。
「それ、くれるのか。」
「へ・・?」
相変わらず不機嫌な顔で指差すのは、私の手の中にあるストレートティー150ml缶。
いつも5階まで届けてくれるアルミンさんに差し入れとして渡そうと、冷蔵庫から出して来た物だ。
「あ・・・お好きなら、どうぞ・・。」
「よし。」
おずおずと差し出された缶を受け取るリヴァイさんは、今日一番機嫌がいい。
「あの、コーラとか炭酸のもありますが・・?」
「これでいい。そんな甘ったるいのは飲みたくねえ。」
ありがとうございました、ではなくありがとなと言って、レモンティーを持ったリヴァイさんは階段へと消えて行った。
「・・・・なんか・・・・嵐が去った・・・・つ、疲れた・・・!」
玄関にへなへなと座り込み、一体何だったのだろうと放心する。
これから注文する度に、あの人が来るのか・・・。
手軽で便利なはずのネットショッピングが、物凄く気の重い行為になってしまった。
実際、さっきリヴァイさんが来る前にまた注文した物があるから明日も荷物を受け取らなくちゃならない。
「ああー・・・・時間戻ってくれないかな・・・!」
そうすれば、注文手続きなんかせずに面倒臭くても外へ買い物に行くのに・・・。
いくら嘆いても一度過ぎてしまった時間は戻らない。
せめて明日は怒られないよう最善を尽くそうと決意し、片付けを進めるために重い腰を上げた。
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