本当は不安だらけ



「それで、バイトって何のバイトが決まったんだ?」

「え?」

ケーキの箱を開けるのに夢中で、聞いていなかったらしい。
爛々とした丸い瞳がマヌケに俺を見る。

「だからバイト。何のバイトだ?
正直お前に向いてる仕事が思い浮かばないんだが・・。」

今だって、ケーキなんぞに夢中になってるくらいだし。
それに配達してやった時もいつも高確率で小銭を転がしている。

もし俺の部下だったら躾ける気もしねえと思う。
きっと即刻ミケ辺りに押し付けるだろう。

だからとんでも無いバイトにでも申し込んだんじゃないかと心配なんだ。
怪しい求人に手え出したんじゃねえだろうな。”誰にでも出来る簡単なお仕事お仕事です”みてえな安易な謳い文句にすぐに食いつきかねん。

一度入ると辞めにくいものだし、変な仕事だったら面接前に止めねえと。

とりあえずその会社の業績や口コミを調べて、ロクな会社で無かったらナマエには少し話を盛っておけば大人しく従って止めといてくれるだろう。
そうして働き口を切り捨てるだけじゃ流石に可哀想だから、うちの会社の仕分けとかその辺りならナマエにも無理なく出来んじゃねえか?と、勝手にロクな仕事でないと決め付けて段取りまで立ててしまう頭に咳払いをして振り払う。

ここまで過保護になる必要も無いはずだ。


「ここから5分くらいのスーパーですよ。ソニビンスーパーって知ってます?」

返ってきた答えに胸を撫で下ろした。

「ああ。高級スーパーだろ。大丈夫かお前。
金持ちのクレーマーに目え付けられるようなヘマするなよ。」

「脅さないでくださいよ〜、私もちょっと不安なんですから・・。
あんな立派なスーパーのレジに立つなんて、お母さんが見たら心配で倒れちゃうかも。」

「まあ計算は機械がやって釣りまで出してくれんだ。お前はレジに通して代金を読み上げ、貰った金を入れたり出したりすりゃいい。そのくらいなら出来るだろ。案外ぴったりな仕事を握ってきたもんだな。」

「む・・・なんだかすご〜く馬鹿にしてません?」

「いい仕事選んだって褒めてやってるだろ。
事務職とか言い出したらどうしようかと思ったが。そういうの絶対向いてねえだろう。」

ナマエは言い返すことが出来ずに頬を膨らませてむくれて見せた。

「ダルマみてえ。」

「!!」

怒られる前に頭を撫でると、言葉を飲み込んで恨めしげに手の平の下から俺を見上げている。

「そういう・・・。」

可愛い反応はしてくれるなよと言ってしまいたい。

「ん?何です?」

「・・・いや。頑張れよ。」

言えるかよ。馬鹿。ただの友達だぞ俺は。

「?はい!頑張ります!」

「知らない人間に連絡先聞かれても教えるなよ。あと渡されても無視しろ。」

「そんなこと本当にあるん「教えるなよ?」

「はいお母さん。」

「だからお母さんじゃねえって。」

何も知らずに全て委ねて笑いやがって。

もしかすると、客に言い寄られるかもしれない。
もしかすると、バイト仲間に。ストーカーに。

それを想定していて欲しいのだ。

今までのこいつの住む範囲に悪い人間が居なさ過ぎた。

もうここは知り合いに溢れた田舎じゃないのだと。


「約束します。知らない人とバイト以外で関わらないって。」

不安を拭うように差し出された小指に反発しつつも指を絡めてしまう俺は相当こいつに参ってると思う。

こうやって笑いかけられてしまえば、自分のプライドとか恥ずかしさなんて今だけ捨ててしまおうと簡単に思わせてしまうのだから間違いない。


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