Raise or Fold (2)

所謂クイーンサイズの巨大なベッド。
鍵のない厠。
アヤシイ自販機。
開かない窓。
スタンダードなラブホテルの一室に放り込まれた俺は、ガチャンと音を立てて閉まった扉に縋り付いた。

「ちょ!待て待て待て!使わない!使わないから!ここ開けてェェェ!!」

ガチャガチャと取っ手を掴んで揺すってみたが、びくともしない。
自動精算式のラブホテルらしい。
室内の自動精算機で支払いを終えないと部屋から出られないシステムだ。
しかし今、俺の財布には硬貨しか入っていない。
昨日、スナックの給料を得たばかりの詐欺ロリ兎の財布にしか金はない。

「ゴキュウケイしヨ!」
「はいはい休憩ね。休憩ってのは茶屋で甘味を食いながらするもんだからね。健全な茶屋に行きましょーね。」

とっとと財布を寄越せ、と手のひらを差し出すと、なぜか笑顔で手を握られた。
そのままベッドの上に引き上げられる。

「ヤろーヨ!」
「ヤりません。」
「なんで!?」

発情兎が俺の手を握り締めながらきゃんきゃん騒ぎ出した。
握り潰されそうな手を庇いながら、俺は空いている方の手で暴力兎の軽い頭を叩く。
なんて恐ろしい女だ。
骨折するのではないかと冷や汗が浮かぶくらいの剛力なのに、上目遣いで俺の手に縋り付く仕草は………今の状況ではあまりよろしくない。
いや、ラブホテルという場所で行われる行為を考えると、至極相応しい表情ではあるのだが。

「………お前ね、よく考えてみ?すぐ外でパパが待機してんのにのんびりパンツ下げられる男がどこの世界にいるんだよ。否が応にもオメーの顔に製造元の顔がダブるわ!あんなゴツいオッサンの顔を想像しながら勃たせられんのは道下くんと阿部さんくらいだからね!俺は男に興味ない一般的な男の子だからね!?」
「だから阿伏兎はパパじゃないし!………ミチシタクンとアベサンって誰?」
「ガキは知らんでよろしい。」

誰!?お兄さんの愛人!?ライバル!?等と騒ぎ立てる馬鹿に俺は盛大なため息を吐く。

「大体お前、どこでこんな場所知ったわけ?」

なぜこんなガキ臭いおぼこ兎がラブホテルなんて場所を知っているのか。
オートロックの扉、ガラス張りではない素人女向けの浴室、清潔感のある落ち着いた内装、馬鹿兎でも辿り着け、なおかつ人目につきにくい立地。
どこでそんな情報を仕入れたのだろう。
俺は騒がしい兎を睨みながら尋ねた。

「ジョーレンさんが教えてくれたヨ。ココは"若いダンジョの初デートにピッタリ"だって。"ココに連れ込めばどんなシャイなオトコも落ち着いて最後までデキる"んだって。」

ヘラヘラ笑いながら告げられた内容に頭が痛くなった。
ガキ臭い見た目に騙され、妖怪ババアのスナックに通いつめる馬鹿なオッサンが増えている。
詐欺ロリ兎が勢い余って店の物を破壊したり客をぶっ飛ばしたりしないようにと、俺も店内で見張ってはいたのだが、まさかそんな入れ知恵をされていたとは。
酔客に絡まれくだらない下ネタを振られてもへらへら笑っているばかりだったため、どうせ半分も意味が分かっていないだろうと高を括っていたのは失敗だった。
俺は、馬鹿兎の両頬を思い切り抓った。

「ひゃ!いひゃい!いひゃい!おにーさん!いひゃい!」
「馬鹿ですかテメーは。誰がシャイボーイだコノヤロー。侍はいつ何時でも刀が抜けるようにしてんだよオールウェイズ臨戦態勢だよ。人を勝手にED扱いした挙句テキトーな事言い触らしてんじゃねーよこのエロ兎が。」

よく伸びる頬を引っ張ってやると涙目でぱたぱた暴れられた。
その仕草に少しグッと来たので、俺は一層頬の肉を摘む指に力を入れた。

「いひゃいー!」
「つーか何なのお前。なんでよくわかんねェおっさんにエロ知識仕込まれてんの。初めてのラブホで『部屋なんてどーやって決めるの恥ずかしィ』とか『キャーなんでドア閉まっちゃったのォ?』とかラブホあるあるを披露するタイミングなくなっちゃったんですけど。驚きも感動も飲んだくれたオッサンのニヤケ面に取られたとか納得いかないんですけど。なに勝手に俺の目を盗んで他の男に調教されてんだよ尻軽兎。」

おぼこ臭い小娘に下ネタを仕込んで喜ぶどこぞのオッサンのニヤケ面を想像すると、腹の底にムカムカとした不快感が沸き起こった。
この発情兎にくだらない入れ知恵をしたオッサンは、特定し次第シバキ倒す必要があるだろう。

「尻軽じゃないヨ!お兄さん以外の人とヤりたくないもん!」
「なにが”もん”だ。いい歳したアラサー女がカマトトぶってんじゃねーよ。つーか尻軽の意味は知ってんのな。なにその偏った知識。」
「神楽と昼ドラ見て勉強したヨ!『このドロボー猫!尻軽女が!』って。」
「なんで夜兎の教材は昼ドラとピン子なんだよ。」

頬を抓られたまま自信満々に昼ドラの一場面を再現して見せる馬鹿に、怒りも削がれた。
大きなため息を吐いて、柔らかい頬から手を離す。
しかし、真っ赤になった頬をそのままに発情兎は性懲りもなくベタベタとくっ付いてきた。

「お兄さん、なんで怒ってるの?お兄さん以外のオトコにここを教えてもらったから?私、お兄さん以外のオトコにチョーキョーされないヨ?」
「………。お前本っっっ当に馬鹿だな。」
「なんで?」
「ラブホってのは戦場なんだよ。男にとっては魔法使いから賢者にクラスチェンジできるか否かを決める重大な戦いに出る場所なんだよ。俺みたいな歴戦のハンターは関係ねーけど。むしろ如何にして尻尾を落とすかのタイムアタックだから。古龍の大宝玉という名の最高の素材に辿り着くまでマラソンするトコだから。」
「………???ココは強いオトコを決める戦場だったの…?」
「そーだよ。強く中折れしない男だけが生き残れる試練の場だよ。ラブホってのはそーゆートコなの。」
「そうだったんだ…!?」

目を輝かせて感嘆の声を上げる馬鹿を、俺は浴室まで連れて行った。
基本料金が発生してしまう以上、10分で退出すると金がもったいない。
何より、今このラブホテルを出ていく姿をあの保護者に見られることだけは避けたかった。
10分で片が付いたと勘違いされるなど、男のプライドが許さない。

「ほれ。うちのより広い風呂だぞ。たぶんジャグジーとかバブルバスとかそんな感じのも付いてる豪勢な風呂だぞ。よかったな。」
「一緒に入るの?それが試練?」
「オメーさん一人で入んだよ。念入りに身体を洗え。特に頭な。」
「わかった!」
「身体洗ったら、浴槽に湯張って入れ。3600数えろ。」
「3600…!?そんなに!?」
「おー。逆上せそうになったら水飲め。蛇口捻ればいくらでも水は出てくっから。」
「うん!」

威勢のいい返事を聞いた俺は、馬鹿が浴室の戸を閉めたことを確認するとベッドへ横になった。
これでラブホテル代も無駄にならず、発情兎が暴走することもない。
妙に聞き分けのいいヤツだから、俺の言いつけ通り1時間は浴室から出て来ないだろう。
かすかに聞こえるシャワーの音を耳に入れながら、俺はテレビの電源を入れた。
チャンネルを適当に回すと、こういう場所のお約束とでもいうべきかすぐにアダルト番組に切り替わる。
チャンネルと共に置かれていた番組表を確認すると、”いいなりナースの爆乳看護日誌”という内容が一目で推測できるタイトルが目についた。
浴室の方へちらりと目をやった。
シャワーの音と、浴槽に湯を入れているだろう豪快な水音だけが聞こえた。
少しだけテレビの音量を落としてから、件の番組へチャンネルを切り替える。
ナース服の胸元を暴かれ、ストッキングを破かれている最中のシーンが映し出された。
棒読みで拒絶の声を上げる女優の重そうな胸が画面いっぱいに広がると、俺は思わず、おおっ、と声を上げてしまった。
思春期の少年少女が万事屋に出入りするようになってから、事務所内に成人雑誌の類を持ち込むことはやめたのだが、それでも長谷川さんとのAVの貸し借りは細々と続けていた。
しかし、発情兎が転がり込んでからは寝室まで共有となってしまったため、一時保管場所もなくしてしまいそれさえもご無沙汰になってしまった。
おかげで女体を拝める機会は、コンビニでアダルト雑誌を立ち読みする時ぐらいになっている。
よく揺れる巨乳を眺めながら、20代の男にしては健全すぎる己の生活にため息を吐いた。
最後にアダルト雑誌の立ち読みをしたのは、先週の月曜日だ。
ジャンプを買いに行くついでに立ち読みしたが、すぐに詐欺ロリ兎に見つかり5分足らずの息抜きになってしまった。
あの時に読んでいた雑誌はなんだったか。
『看護婦さん、エロいおっぱいだなあ。本当は誘ってるんだろう。』
『やだあ、やめてぇ。』
ぼそぼそと聞き取りづらいくせに、抑揚のなさだけはしっかりとわかるやり取りを聞きながら、俺は思い出した。
そうだ、先週読んだのは”スレンダー美乳特集”だった。
体重35kgだとか明らかに嘘くさいプロフィールの特集を見たような気がする。
しかし、あれはあまりいただけなかった。
肋骨が浮き出ている薄過ぎる上半身は、ロリ体系というよりは飢餓寸前の難民のような頼りなさが強調されていたし、直線を描く脚は自立歩行できるのかと不安になる。
細ければいいという問題ではないだろう、と首を振りたくなる残念な特集だった。
さりとてデカければいいということもない。
俺は画面に映し出されているむっちりとした体型の女優を観察した。
仰向けに寝転がっても山なりの胸の形がくっきりとわかり、安産型の大きな尻はバッグから責め立てると眺めがよさそうだ。
しかし、何か物足りないような気もする。
女という生き物しか出せない柔らかい身体のラインは、グラマラスというに相応しいし十分な色香を放っているが、何かが違う。
複数の男優に鷲掴みにされている柔らかそうな太ももを見ながら、俺は首を傾げた。
あの太ももを揉みしだけばさぞかし気持ちがいいだろう。
だが、もう少し筋肉があった方がいい。
しなやかな草食獣のような脚の方がもっと美しい脚線美を描くような気がするし、獲物を仕留める肉食獣の気分を味わえそうだ。
肌ももう少し白い方がいいだろう。
抜けるような眩い白さがあれば、きっと俺の手の跡がくっきりと浮かび上がり優越感に浸ることができる。
高身長でやたらと脚の長いモデルのような女がAV女優も増えているが、俺はもっと小柄な方が好みだ。
この腕に抱き込めるくらいの女の方が可愛げがあるし、一時でも閉じ込めておける安心感がある。
好色でエロい女は好みだが、もっと無知でもいい。
テレビ画面に映し出される女優は、こうして見ていくと今の俺の気分にそぐわないところばかりが目についた。
タイトルに惹かれ視聴してみたが、あまり面白みがない。
期待外れもいいところだ、と俺は大きなため息を吐いた。
プレイ内容は二の次にしてでも、せめてもっと可愛い女が出ているチャンネルはないものか。
俺はリモコンに手を伸ばした。
それと同時に、がちゃん、と勢いよく浴室の戸が開く音が響く。
俺は慌ててリモコンを掴んだが、するりと手の中から抜け出てベッドの下に落ちてしまった。
すぐさま拾い上げようとベッドの下を覗き込むと、背後に人の気配を感じた。

振り向くことはできなかった。






自覚症状のないまま好みのタイプが染まるお兄さん

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