Raise or Fold (3)

「………。」
「………。」

なぜ、この女は何も言わないんだ。
俺はリモコンを拾い上げ、チャンネルを切り替えた。
今度はメイド服の美女が喘いでいた。
なぜかこういう時に限って、どの番組も巨乳のバストショットばかり映し出しあんあん盛り上がっている。
更に空気が重くなった気がした。

「………。」
「さ、3600数えた?」
「………1000まで数えたら、オンナの声、聞こえたから。」

動揺していることを悟られないためには、今アダルトチャンネルから離脱すると不自然な気がする。
自分でも説明できないそんな意地が、テレビの電源を切ることを拒否させた。
俺は素知らぬ顔でナースとメイドを往復し続ける。

「なに?もしかして俺が他の女でも引っ張りこんでると思ったわけ?」
「………。だって、」

『だって』なんなんだ。
続きの言葉を聞いてみたいような、これ以上何も言ってほしくないような。
複雑な気分でひたすらテレビを見つめていると、急に視界を遮られた。
風呂上がりの暖かい手のひらが、俺の目元を覆っている。

「なに?」
「………こーゆーオンナの方がイイ?」

メイドがイイのかナースがイイのかと問われているのであれば、断然ナースがイイに即答する。
しかし、どちらにしろこの女の寂しい胸元じゃ違う方向のプレイになるだろう。
ご奉仕プレイより調教プレイの方が似合いそうなこのつるペタなら制服プレイの方がいいかもしれない…と、そこまで考えた時、石鹸の香りが鼻をかすめた。
まだしっとりと濡れている手は、俺の言いつけ通りに長い間湯船に浸かっていたことを証明しているようだった。
手に取るようにわかる馬鹿なコイツの行動が、そして容易に想像できるその表情が、俺の中に沸き起こった若干の気まずさよりも大きな感情を生む。

「こーゆーオンナってどんなオンナ?」
「………こーゆーの。」
「どーゆーのだよ。」

視界を遮る小さな手を引きはがし、振り返った。
フリーサイズの丈が余ったバスローブを着た子兎が、眉間に皺を寄せている。
ロクに拭かれていない髪からは、ぽたぽたと滴が落ちていた。

「………こーゆーのはこーゆーのだヨ。」

ぽつぽつと呟く声は消え入りそうな細さだったが、しっかりと聞き取ることができた。
あんあん騒ぐテレビが煩わしいと思うくらいに、頼りなく、らしくない声音だ。
そろそろテレビを消しても不自然ではないだろう、と思い俺は再びリモコンに視線を落とした。

「お兄さんも、こーゆーのが好き?」

真っすぐに耳に届いた言葉が、俺の手を止めた。
もう一度振り返ると、●●がぶかぶかの裾を弄って不貞腐れていた。
俺は寝そべっていた身体を起こす。

「………そ。”こーゆーの”が好きだね。俺は。」

くいっ、と顎で裸の女優を指し示しながら俺は再びテレビに向き直る。
仰向けに寝転がる男優に跨り腰を上下させる女優の胸が、大きく揺れていた。

「やっぱ女はこーゆーのがいいね。抱き心地もよさそうだし。エロいし。可愛いし。」

●●の顔を見る気にはなれなかった。
『お兄さんも、こーゆーのが好き?』
お兄さん”も”というのは、俺の他に誰を指し示しているのだろうか。
過去に俺以外の男に『こーゆーのが好きだ』と言われたことがあったのか。
もちろんそういう意味を含む"失言"ではなく、スナックの酔客から”こーゆー女”が好ましい、と聞かされたが故に使ってしまっただとか、あるいは一般論で”こーゆー女”の男ウケがいいのだろうという意味での台詞の可能性もある。
しかし、まだ深くはないこれまでのやり取りを思い返してみても、この物知らずが男の俗を心得ているとはとても思えなかった。

「………じゃあ、私は?」

突然脚に重みが掛かる。
先ほどまで俺の後ろでもじもじと拗ねていた兎が、胡坐をかく俺の脚に跨がってきた。
俺の頭を両手で抱き込み視線を無理やり合わせてくる。
まるで”テレビを見るな”と言わんばかりの強引さだ。

「なにが?」
「こーゆーオンナじゃない私は…お兄さんにとってどーゆーオンナ?」
「俺より乳がないエセロリ。」
「………そっちは諦めてヨ。」

ぶすりと口を尖らせると両腕を俺の首に回し、より密着してくる。
額を俺の胸にぐりぐりと押し付けてきた。
動きに合わせて、ふわりふわりと石鹸の匂いが舞う。
俺は、軽い頭を無理やり引きはがすと全力でデコピンをくれてやった。

「痛っ!」
「バカですかテメーは。いっつも無駄にポジティブな癖におっぱいの話になるとやたらネガティブになんのな。面倒くせェ。」
「だって!お兄さんもそればっかりだもん!『俺より大きくなったら』って!」

お兄さん”も”。
その言葉を聞いて、頭の奥がすっと冷えた気がした。
やはり俺以外の男に同じ言葉を言われたことがあるのか。
そして、その男は●●にとってどうでもいい存在では決してないのだろう。
こうやって恨みがましい言葉が出てしまうほどに、コイツの中に根付いているのだから。
酷く、腹立たしかった。
馬鹿みたいに真っすぐで、隠し事などできない猪突猛進娘のくせに、俺の知らない俺以外の男の影を見せつけてくるとは。

「………乳なんて今からいくらでもデカくなるだろ。」

自分の額を手で押さえながら上目遣いで睨んでくる●●の目から視線をそらした。
俺は細い腰を両手で掴み、その軽い身体を持ち上げる。

「へ?なに?」

軽い上に薄っぺらい身体をくるりと回転させ、俺の胸にもたれ掛かるように座らせた。
何が起きているのかよくわかっていない様子の間抜け面を両手で掴み、前を向かせる。

「お前はこーゆー女になりたいわけ?」

複数の男と絡みあう女優を否が応にも視界に入れなければならないようにしてやり、耳元で囁いた。
状況がわかっていない馬鹿は、ぱちぱちと瞬きを繰り返しテレビを注視した後、ぷくりと頬を膨らませた。

「………お兄さんが、こーゆーの…好き、なら。でも、無理だヨ。」
「やってみなきゃわかんねーよ。」

ふて腐れたようにぽつぽつ呟く声を拾うと、俺は血色の良い耳に唇を寄せた。
ふっ、と浅く息を吹き込むと大袈裟に肩が跳ね上がる。

「ひゃ!なに!?」
「だからァ、”こーゆー女”になりてーんだったらなれるようにすりゃーいいじゃねーの。」
「な、なれないってば…っ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。銀さんのテクがありゃあ、小豆しか乗ってないまな板でもどら焼きくれーはのっかるから。」

左手で女の顎を固定しテレビを見るように促しながら、右手を薄いバスローブの中に忍び込ませる。
耳への刺激に気を取られていたのか、下着を付けていない胸に触れた瞬間、びくりと女の身体がしなった。

「あ…っ!」
「オメーには色気ってモンが足りねーんだよ。フェロモン出てないっつーか。ヤろうヤろうって口ばっかりでそーゆーことがデキそうな雰囲気がねェんだよな。」
「口だけじゃ…ない…っ」
「じゃあしっかり銀さんを誘惑してみろって。」

ささやかな膨らみを確かめるように指先で胸と腹の境界を探した。
が、よくわからない。

「…どら焼きは無理でも平餅くらいなら乗るかもな…。うん。」

目標を下方修正した俺は、腹から胸へ肉を持ち上げるように撫で上げた。
視線を落とせば、俺の手の動きに合わせてバスローブが徐々に肌蹴ていく様子が見える。
布越しに蠢く手は、自分のものなのに酷く淫靡なもののように思えた。

「ん…、んっ」
「性感帯刺激してフェロモン出しときゃちったぁ成長するんじゃねーの?あとは、毎日風呂場で揉むとか。」
「…おにーさんが…してくれる…?」
「………甘ったれてんじゃねーよ。テメーでやれ。テメーの手で。」

掌底で支えるように薄い胸の肉を持ち上げる。
指先だけで円を描くように乳首の周りを撫でると、女の口から焦れたような吐息が零れた。

「今日は俺が指導してやっから明日から自分でやれよ。…あ、間違っても神楽と一緒に風呂入る時はやるなよ。」
「そんなこと…しないっ…て、あ!」

中指で乳首を弾くと小さな身体が跳ね上がった。

「こんだけで気持ちいーの?」
「…ん…くすぐったい…」
「そんだけ?」
「………きもちいー…かも…」
「………おぼこ兎の癖に。」

人差し指と中指で勃ち上っている乳首を摘んでやると、更に大きく身体が揺れた。
そのままぐにぐにと乳首だけを弄ると、切迫した吐息が零れ落ちる。

「あ…んっ、ん…っ!」
「処女の癖に乳首でこんだけ感じるってどーなの。もしかして開発済み?」
「…カイハツ?」
「他所の男に弄られたことあんのかって聞いてんだよ。」

少し強めに乳首を摘むと、ひぁ!と大きな悲鳴が上がった。

「な、ないヨ!誰ともそんなこと…したことない…っ!」

俺に顎を掴まれたまま首を振るたびに、濡れた髪から水滴が弾け落ちる。
胸元をじわりじわりと濡らすその感覚は、今の俺の精神状態を表しているようだと思った。
しかし、そんな思い付きをすぐに打ち消す。
年齢に対し不相応なほどガキくさいこの女の過去に、嫉妬などするわけがない。

「じゃあ、自分で弄ってんの?」
「してない…っ」
「どーだか。オメーは年中発情してるエロ兎だしな。俺の寝てる横で盛って一人遊びしてても不思議じゃねーよな。」
「してないっ…してないっ、からぁ…!」
「ふーん?そんじゃこれからヤり始めちまいそーだな。今日で遊び方覚えちまうし?」

まだ触れていない方の胸も同様に揉みしだく。
バスローブは完全に肌蹴てしまい、二の腕まで露わになっていた。

「育乳マッサージするのはいいけど、あんまり風呂場であんあん騒ぐなよ。家ん中どころか下のババアのとこまで聞こえちまうからな。」
「ん…!しない…もん…っ!ん、あ、」
「やんねーとデカくなんねーぞ。あ、俺の寝てる横で俺をオカズにしてやるのも禁止な。オカズ料とるぞ。」
「一人で…しても、意味ないっ…から、しないってばぁ…!」

頭を振りながら必死に否定しようとする女の耳朶を舐めてやる。
すぐに強張っていた身体から力が抜けた。
唇でやわやわと食みながら舌先で耳の形をなぞると、くんくんと子犬のような鳴き声が部屋中に響いた。

「んんっ…ん、や…!」
「意味なくねーよ。乳は一日にしてならず。毎日の努力が立派なおっぱいになるんだよ。」
「だって…お兄さんとじゃなきゃ…意味、ないもん…っ」
「なにが。」
「お兄さんと…気持ちヨくない、と…意味ないヨ…!」

絞り出された言葉の意味がわからず、思わず手が止まった。

「ただ気持ちヨくなりたいんじゃなくて、お兄さんとシたいんだヨ…。お兄さんじゃなきゃ意味ないもん…」

ぐずぐずと泣き出しそうな声で訴えてくる姿は、親に我儘を言う子供のようだった。
色気がない。知性を感じさせない。未熟で頼りのない。
………そんな子供にこんなにも気分が高揚する俺はどこかおかしいのかもしれない。

「私が”こーゆーオンナ”になったら、お兄さんも嬉しい?」

すっかり意識の外にあったテレビの存在を思い出し目を向けてみると、四つ這いになり巨乳で男の物を挟み込みながら後ろから挿入されている女優が大声で喘いでいた。
ローションと体液に塗れた女優は、確かに色気の塊だ。

「俺がなれって言ったら”こーゆー女”になんの?やれって言ったら毎日おっぱいマッサージすんの?」
「………がんばる。」
「それで?”こーゆー女”みたいに色んな男に尻を振んの?」
「なんで?そんなことしないヨ?」
「”ヤろう”が口癖の尻軽なんだから、味を占めたらコロッと他の男に行くんじゃねーの?お前アバズレだし。」
「行かないヨ!お兄さんだけだヨ!」
「ま、別にいーけど。オメーがどこの男に色目を使おうがどーでもいーし。」

鼻で笑いながら言ってやると、顎を捕まえていた手をとんでもない力で振り払われた。
勢いよく振り返り俺を見上げてくる。
いつもより大きく見開かれた眼は、今にも零れ落ちそうな涙で濡れていた。

「………どーでもいーの?」
「どーでもいーよ。」

ぽろぽろと涙が伝い始めた顔は、相変わらず子供染みているが綺麗だと思った。
俺は、涙の伝う頬に顔を寄せた。
零れ落ちる滴を一筋ずつ舐めとる。
びくりと強張る身体を深く抱き寄せた。

「………?」
「オメーがどこの誰に靡こうが関係ねーし。どーぞご自由に。」

あっさりと涙は止まった。
俺の唾液の跡が残る目元を撫ぜると、困惑したような視線を感じた。
腕の中に●●を閉じ込めたままベッドに寝転がる。

「おにーさん…?」
「テメーが”こーゆー女”になる頃には、首輪付けとくからどーでもいーよ。」

俺は、意識して酷薄な笑みを浮かべてみた。


できもしないことを口にしたのは、いつの間にか俺の方がこの女を追う立場になってしまったことに気付いてしまったからだ。
そして同時に、この女を縛り付け留めておける言葉を持たない臆病な自分にも気付いてしまったからだ。







互いの地雷を全力で踏み抜くスタイル

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