Raise or Fold (1)

「昨日は2人で何してたんですか?」

昼食の卵かけご飯を食べている最中に、新八が興味津々という顔で尋ねてきた。
そよ姫とのお泊まり会へ出掛けていた神楽は、先ほど帰宅したばかりだ。
今朝新八が万事屋を訪れるまで、俺は発情期の兎と二人きりで過ごしていたのである。

「2人でしっぽりしこしこヤってたアルか。ちゃんと後片付けはしたんだろーナ。」
「神楽ちゃんんんん!?女の子がそんな露骨な聞き方しちゃダメでしょ!」

頬に米粒を付けた神楽がしれっと恐ろしいことを言うと、新八が慌てて神楽の口を塞いだ。
が、すぐさま返り討ちにあう。
俺と"しっぽりシコシコヤってた"と疑われた当の本人は、騒がしいガキ共のやり取りをきょとんとした顔で見ていたが、すぐにへらりと笑顔を浮かべた。

「昨日はお兄さんとおでかけしたヨ!」
「一応デートしたアルか。銀ちゃんの割にはちゃんとカレシっぽいネ。」
「神楽、それどーゆー意味だよ。」

妙に横柄な態度の神楽を睨むと、そのままの意味ヨ、と横暴な答えが返ってきた。

「ほら、神楽ちゃん。話の腰を折らないでよ。それでどこに行ったんですか?」
「大江戸スーパー!」
「………は…?」

野次馬根性丸出しでニヤニヤ笑っていた新八の顔が強張った。
卵かけご飯を掻き込んでいた神楽の箸も止まる。
ガキ共の反応に気付いていないのか、空気を凍らせた犯人はへらへら笑っていた。
俺は無言でテレビをつけた。

「………おでかけって…スーパーへ買い出しに行っただけですか…?」
「お米買っておミソ買ってショーユ買ったヨ!」
「………金はどうしたアルか。」
「昨日お給料日だったからダイジョーブ!」

後はネ、洗剤も買ってネー。
●●は買い出しリストを読み上げるように昨日荷物持ちさせた品を次々と挙げていく。
俺はでたらめにチャンネルを切り替えていくことにした。
結野アナ、また昼の天気予報やんねーかな。
ポチポチとリモコンのボタンを押していると、新八がテレビの前に立った。

「オイコラ新八。テレビ見えねーんだけど。」

文句を言うと手の中にあったリモコンが消えた。
新八から目を離し傍らを見れば、ジロリと俺を睨む神楽がリモコンを握っていた。

「………銀さん………。」
「………銀ちゃん………。」
「………………何だよ。」

新八も神楽もそれ以上何も言わなかった。
にわかに重くなった空気にも負けず、買い物リストを読み上げる能天気な●●の声だけが万事屋に響き続けた。

***

新八、今日は私、アネゴとお泊まり会したいアル。
ああ、姉上は今日仕事休みなんだ。きっと姉上も喜ぶよ。
何故か俺の顔を見ながら繰り広げられる神楽と新八の会話に、割り入ることはできなかった。
2人の圧力から逃げるため、俺は黙って食べ終えた皿を片付ける作業に入ったが、ガキ2人は台所まで付いてきて俺の背後で会話を続ける。

「今日も銀さんたち2人っきりで過ごすことになっちゃうね。」
「また2人でデートでも行けばいいネ。」
「でも女の子に荷物持ちさせるのはデートとは言わないよね。」
「女の財布を当てにするのも論外アル。」
「でもさすがに今日は銀さんがお金出すんじゃないかな。昨日のうちに食料も日用品もほとんど買い足したみたいだし。イイ年したオトナなんだし。」
「じゃあ今日は銀ちゃんが言うこと聞いてあげる番ネ。オトナの男としてナ。」
「そうだね。今日はまともなオトナのデートになりそうだね。」
「明日の昼まで私たち帰ってこないからしっぽりヤリ放題アル。」

台本の読み合わせでもしているかの如く会話する二人は、結局最後まで俺に話を振らなかった。
いや、俺の意見など最初から聞くつもりはないのだろう。
新八と神楽は棘だらけの言葉を俺の背にぶつけるだけぶつけると、すぐに万事屋を出て行ったのだから。

「………定春まで連れていきやがった…。」

坂田家には反抗期のガキとそれに従う犬、そして繁殖期の兎しかいないようだ。

***

タイミングが良いのか悪いのかわからないが、天気は曇りだった。
厚い雲が空を覆っており雨が降り出す気配はない。
日光が降り注ぐこともなさそうだ。
夜兎にとっては絶好の"おでかけ"日和だろう。

「お兄さん、今日はどこにおでかけ?」
「あー…どーすっかな。」

コイツに尻尾が付いていたのなら、散歩前の定春と同じくらいめちゃくちゃに振り回しているのだろう。
そんなくだらないことを考えてしまうくらいに上機嫌な様子で後ろを付いてくる小動物に、俺は敢えて気のない返事をした。

新八と神楽は万事屋を出る直前、ご丁寧にもこの兎に"僕たち明日の昼まで帰らないので2人でゆっくり過ごしてください""銀ちゃんがデートするって言ってたアル"などと言い残したらしい。
皿洗い中に背後から飛び掛かられた俺は、危うく背骨を折られるところだった。
食器洗剤で泡だらけの手でじゃれつく兎を引き剥がせば、"早く!デート行こーヨ!"と騒がれ、下の階のババアに怒鳴り込まれ、家から追い出された。
そして、ガキ共のシナリオ通り強制的に"デート"する羽目になってしまったのである。

「デートってどこ行くの?」
「………デート、ねェ…」

期待に満ちた眼差しを避けるように、俺は空を見上げた。
ガキ共に促されて兎の散歩なんて真似をせざるを得ないこの状況は、俺にとっては非常に不本意だ。
思春期真っ只中の少年少女からすると、俺たちの関係は奇妙でからかい甲斐のあるものなのかもしれないが、それにわざわざ乗っかり甘酸っぱい恋愛ごっこを展開できるほど俺は青くない。
毎日何が楽しいのかへらへら笑っている馬鹿娘は、中学生日記だろうがビバリーヒルズだろうが何でもござれなのであろうが。
しかし、ガキ共のお膳立てを無駄にすれば明日もまた面倒なことになるのは目に見えているし、意固地になって奴らの好意(悪意も過分に含まれているだろうが)を無下にできるほど俺も子供ではない。

「オトナのデート、ね…」

ガキ共の希望は、俺とコイツが"まともなオトナのお付き合い"をすることなのだろうか。
しかし、まともなオトナのデートとは一体どういうものを言うのか。
オーソドックスに2人で美味いものでも食べに行けばいいのか。
いや、夜兎と甘味デートなど論外だ。
いくら金があっても足りやしない。
では、オトナしか行けないところでデートすればいいのか。
………賭場か?

「オイ、お前目押しできっか?」
「………?メオシってなに?」

こてりと首を傾げ上目遣いで見上げてくる姿に知性は感じられない。
しかし代わりに、その小さな頭に手を乗せ髪をぐしゃぐしゃに掻き乱してやりたくなる衝動が唐突に沸き起こり、俺はそんな自分の頭をしたたかに殴りたくなった。

「………あー…じゃあ、運はいい方?」
「………?…あ!すっごくイイヨ!私、運イイヨ!」

自信満々に宣言する声を聞きながら、俺は最近新台入れ替えがあったパチンコ屋を思い出す。
戦闘種族として人間とは比にならない動体視力を持つコイツなら、スロットで一山当てられるかもしれない。
戦場を生き抜く運―――すなわち直感力も鍛えられているのなら、入れ替え直後のパチンコ台から当たり台を引き当てることもできそうだ。
パチンコならば金も稼げてきちんと"オトナのデート"ができるじゃないか。
俺は、早速3丁目の角のパチンコ屋に向かうことにした。

「だってネ、初めて来た地球で偶然お兄さんに出会って、10年経ったのにまた会えたんだヨ!それで今は一緒に暮らしてる!私、すっごく運がイイデショ?」

しかし、心底楽しそうに告げられた言葉が背中に刺さった。
ネ?と同意を求められた瞬間、久しぶりのパチンコに浮かれ軽くなった足が重くなる。

「しかも2日続けてお兄さんと2人っきりでおでかけ!ツイてるよネ?」
「………ああ、そうね。よかったね………それ、運とか関係ないけどね………。」

俺はパチンコデートを早々に諦めた。
コイツはギャンブルに絶対に向いていない。
こんな馬鹿正直な奴は駆け引きは疎か、釘の配列の違いも見分けることはできないだろう。
そもそも俺との出会いと再会、そして今の関係を"幸運"の一言で片付ける無神経な馬鹿にギャンブルの心理戦など土台不可能な話だった。
頭に花が咲いてそうな馬鹿女に引っ掛かってしまった俺もまた、どうしようもない引きの悪さであると言えるし、そんな2人が揃ったところでパチンコ屋に無抵抗で全財産を献上するだけだ。

「お兄さん、今日はメオシを買うの?」
「は?」
「メオシって運が悪いと買えないの?」
「…何言ってんの、お前。」
「今日はメオシを買うデート?あ!もしかしてメオシがタイムセールなの?」

腕捲りしながら細い腕にささやかな力こぶを作ってみせ、『任せてヨ!』などと言われた時、俺は目眩がした。
この女、何かを勘違いしている。
俺との"デート"が買い出しの荷物持ちに直結している。
なんて失礼な奴なんだ。
荷物持ち以外にも2人で外出したことがあっただろうに。たぶん。きっと。恐らく。………あれ?なかったか………?

「………目押しは買えるモンじゃねーよ。買って習得できんならとっくの昔に買ってスロプロになってるわ。つーか店でスキル買うとかどこのFFだよ。」
「………?メオシは買えないの?じゃあ今日は何買うの?サラダアブラ?ビール?」

なぜ、わざわざ重い物ばかり例に出すのか。
一般的な女ならば決して楽には運べない物を選んでくるところに、普段俺がコイツをどういう風に扱っているのか指摘されているようでいたたまれなくなる。

「………。」
「今日のゴホーシヒンはジャガイモとダイコンってチラシに書いてあったヨ!」
「………あー…いや、今日は買い出しじゃねーよ。」

俺は、自分の中で燻っていた衝動に抗うことをやめた。
パチパチと瞬きを繰り返して俺の言葉を待つ軽い頭に手を乗せ、思い切り髪をかき混ぜる。
押さえつけるように何度も撫でて撫でて撫でまくった。

「ひゃ!何!?」
「………あー…もう。………今日はオメーが行きたいとこに付き合ってやるよ。」

とっとと言え馬鹿。
投げやりに言い捨てやれば、案の定勢いよく顔が上げられる。

「え?え?え?ホント!?」
「銀さんは嘘なんて吐きませーん。」

茶化すような俺の台詞にも顔を輝かせる。
なんて手軽でおめでたい女なのか。
俺も思わず苦笑いを浮かべてしまった。
俺の一言でコロコロと変わるコイツの表情が、そこから容易に読み取れる感情の変化が、妙にこそばゆい。
単純で馬鹿な振る舞いが、心底いじらしいと思った。

***

そんなことを思った俺の頭の方が、よっぽどおめでたかったようだ。

「ちょっと待てェェェ!!テメーはどこに行くつもりだァァァ!!!」
「私が行きたいトコロ!!」

俺は、俺の手を引く発情兎に全力で抵抗していた。
ラブホテルの目の前で。

「私の行きたいところならどこでもイイんデショ?」
「確かにそう言ったけど!だけど違う!なんか違う!久しぶりに沸き起こっちゃった俺のピュアな理想と全然違う!」

ラブホテルの入り口で揉める男女なんて、このかぶき町ではありふれた光景だ。
しかし、少女のような外見の(実年齢は少女とは全然言えないが)小柄な女が、三十路間際の男を無理やり引きずり込もうとする絵面は、そう見られるものではない。
嫌がり抵抗する男を宥めすかしてラブホテルに押し込もうとするガキなんてどう考えてもおかしい。

「ダイジョーブ!もう何も怖くないヨ!」
「オイ!やめろ!その表現やめて!まるで俺の方がビビってるみたいじゃん!初戦で中折れした童貞みたいじゃん!リベンジ目前で尻込みしてる魔法使いみたいじゃん!!違うから!!銀さん本番に強いタイプだからァァァ!!!」

"何も怖くない"というのは、恐らく俺が初めてコイツに脅しを掛けた時のことを言っているのだろう。
あの時意図して乱暴な真似をしたのは俺だし、へらへら笑いながら受け入れたのはコイツだ。
しかし、やはり怖かったのか。
当たり前の事実を突き付けられると、必死に踏ん張っていたはずの脚から力が抜けた。
もちろん、その隙を戦闘民族が見逃すはずはない。

「お金はちゃんと払えるから!」
「援交くさい発言やめろ!俺が買われるみてェじゃねェか!銀さん安くない!」
「シュッセバライだヨ!」
「絶対意味分かってねェだろ!何に出世するってんだテメーは!!」

ラブホテル代は払えると言いたいのだろうが、端から聞くとかなりアヤシイ発言だ。
問題発言と共に、俺は女の細腕に担ぎ上げられた。
成人男子一人を肩に乗せているとは到底考えられないほどに軽やかな足取りで、子兎はラブホテルの敷地内に踏み入る。
しかし、なぜそんなややこしい時に限って、更に面倒な事が起きるのだろうか。

「よ!おひいさん。元気に、して…た………か………?」

この男は、娘が致そうという現場に乱入するのが特技なのか。
そんなことを疑いたくなるようなタイミングで現れたのは、俺を拉致しようとしている馬鹿娘の保護者だった。

「……今日もおひいさんは元気いっぱいみたいだなー…オジサン安心しちゃった…あ…はは……」
「何が安心んんん!?昼間っからラブホに駆け込む不良娘の何が安心できんだよ!」
「………何しに来たの?阿伏兎。」
「あ、えーと、おひいさんが元気かなーって様子を見に来たんだけど…」
「私は元気だから。まだ話があるなら2時間後にして。」
「リアルな時間指定やめて!俺、持久戦タイプだし!!」
「あ、ウン。3時間後にまたネ。」
「オメーも微妙な気遣いしてんじゃねーよ!」

魂が抜けていったかのような呆然とした顔で気の抜けた台詞を言う大男に、発情娘はおざなりに手を振った。

「バイバイ。阿伏兎。」
「………ウン。おひいさんバイバイ。」
「ラブホ前でお見送りすんな!」

俺のツッコミもむなしく保護者は背を向け、とぼとぼと去っていった。
右手に下げられている紙袋のロゴは、ターミナルの土産物売り場の物だ。
手土産持参で娘へ会いに来たのに、まさか男とおっぱじめようとする現場に立ち会うことになろうとは。
丸められた大きな背と揺れる小さな紙袋に哀愁を感じたのは一瞬だった。

「お兄さん!ゴシュクハクでいい?」

今日一番の満面の笑みに、俺はこれから自分の身に起こることを想像し、寒気を覚えた。


「どんだけヤル気満々なんだよテメーは!!………ご休憩でお願いしますゥゥゥ!!!」






ロリ娘に力でねじ伏せられる

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