「葬儀屋さんのことをお考えに?」
セバスチャンは馬の勢いを緩め、前を向いたっきりのシエルに、
口に出すのを暫し躊躇していた問いを投げかけた。
「言葉で口説くこともできずに、嫉妬か?」
小さな主は首だけ捩り肩越しに、
挑みかかるような目でセバスチャンを見つめる。
「初めに言葉ありき。
言葉は神と共にありき、 言葉は神なり――」
手綱を器用に制御しながら聖句を口にし、
思案げに言葉を切って、
セバスチャンは覆われていない青く沈んだ碧色の瞳を見つめ返した。
「だから?悪魔のお前に言葉は意味がないと?」
「いえ、言葉は無限のもの。
その意を決して人の貴方は理解できないだけですよ。それが愛の言葉であろうとなかろうと。
言葉は容易に人を縛り操るが、
人は言葉を上手く縛りつけておくことも、操ることもできません」
「こうして話しているのだって、言葉を使ってる。
互いの真意を探るために」
シエルは腑に落ちぬ顔で問い返した。
「一つ譬え話をしてあげましょう。この国で広く信じられている唯一神。
それは父と子と精霊による三位一体の神と崇められている。
だけど人間はその神性が何処にあるのか理解できません」
「神性?」
「1を3等分したら何になりますか?」
急に初等数学の質問に切り替えられて、シエルは訝しみつつ答える。
「3分の1だ」
「小数なら?」
「0.33333……循環小数になる」
「その通りです。ではもう一度3をかけたなら?」
「1に戻る」
「ええ、確かに3分の1に3をかければ元の1に戻ります。
ですが循環小数は? 0.999999……永遠に1に戻ることはない。
それは1に近づきこそすれ決して1になることはない数」
「それと唯一神の神性とどう関係があるんだ?」
「結局人は1を3等分することさえままならない。
かける、割るという単純作業を繰り返すだけで、
1と、決して1になれない無限に1に近づく数が一緒の定義になってしまう。
その理解できない範疇にこそ、神性があり、悪魔もまたそこに棲んでいます。
言葉もまた同じ。
結局貴方は欺かれるのです、葬儀屋さんに」
ようやくファントムハイヴの石造りの重厚な館が見えてきて、
セバスチャンは馬を止め、先に馬から下りてシエルの腰を抱き地に下ろした。
「随分長いこと出かけていたんだねえ」
見れば葬儀屋が、
玄関前の段差に腰を下ろして待っていた。
「では私は馬を厩舎に戻して参ります」
セバスチャンは胸に手を当て恭しく一礼し、手綱を引いて去っていった。
「で?君はあの悪魔くんと何かしたのかい?」
「別に――」
葬儀屋は立ち上がり黒く長い爪の甲で、
シエルの滑らかな頬の曲線を辿った。
「唇を許したんだね?」
「なぜ判った?」
葬儀屋はシエルの腰に手を回し、屋敷の中に迎え入れる。
「でもまだそれ以上の事は無かったみたいだね」
「気安く僕の身体を撫で回すな」
シエルは身体を捩り、腰に回された手を跳ね除けた。
「君の身体と心に負った傷は、小生の愛撫で直してあげるよ」
「要らない。僕は――」
「穢された憎しみを糧に復讐を果たす?そんなのは不毛だ。
穢された悲しみは、同じやり方で癒さないとね……」
***
規則的に上げられたシエルの嬌声はいつしか止み、
今は意識も半ば手放して、
律動に合わせて淫靡な躯を揺らすばかりだった。
華奢な躯をひとしきり大きく痙攣させて、
漆黒の悪魔自身をきつく締め付け絞り上げる。
小刻みに慄える腰を上から強く押さえつけられて、
ありったけの精を注ぎ込まれても、
小さな孔洞の肉壁は弛緩と収縮を繰り返し続けた。
抜き出すのに合わせて白濁した液体が漏れ出すと、
口端から涎を零しながらシエルは最後の嬌声を放つ。
シエルの意識が戻る迄、
セバスチャンは円卓上に置かれた箱庭を漫然と眺めていた。
「ご覧なさい。貴方の駒が悪戯を始めてます」
「お前よりアンダーテイカーの魅力に先に屈しそうだな」
セバスチャンが裂けた衣服の代わりを用意し、
腕を取って袖を通させていると、
シエルは皮肉っぽい笑いを浮かべて牽制する。
「彼の魔の手が及ばぬように、キャスリングでもしませんとね」
「キングとルークの位置交換か」
「ええ、キングをより安全な場所に。そしてルークを攻撃しやすいよう、最前線に運びます」
「一試合にただ一回だけ許される攻撃。
でも条件はキングの通り道すべてにほかの駒が効いていないことだ。
アンダーテイカーは策略家だ。そう易々とお前の駒に取られるような無様な真似はすまい」
二匹の悪魔は視線を交わさずに、箱庭を見つめる。