07
優しい喧騒に華やいでいた館は、今や薄暗く湿った虚無の支配下にある。
ファントムハイヴ一族、そしてその使用人のすべてが殺害されるという凄惨な事件は、巷の記憶にも新しい。
その舞台となった屋敷を前に、右目を眼帯で覆った隻眼の少年が、ふぅと小さく息を吐き出した。
屋敷内は欠損が激しいものの、危うく火災は免れた。
少年は中身をなくした形骸に冷たい眼差しを向け、足元近くの三つの墓に花束を放る。

「これからどうするんだい」

訊いて寄越したのは、少年の背後に佇んでいる青年である。
銀灰に近い長く伸ばした白髪、闇にあって鮮やかに輝く蛍緑の瞳をした、はっと人目を惹きつける美貌の男だ。

「ファントムハイヴ伯爵として、ここで奴等を待つ」
「そうかい。ならば小生も付き合おう。さしあたっては、君の面倒をみる執事が必要だね」
「あてはあるか、アンダーテイカー」
「んん、いくつかは」

少年は凍蒼の隻眼を男に向けて、ゆるく首を傾げつつ、皮肉げに唇を歪める。
その拍子に、ゆるく宛てていた眼帯が、ひらりと風に拐われた。

「まさかこの世に死神などという異形がいるとは思わなかった。だが、お前には似合いだなアンダーテイカー。父に着いてお前を訪ねた時から、妖しげな奴だと思っていたぞ」
「ヒッヒ、誉め言葉として受け取っておくよ。シエル・ファントムハイヴ伯爵」

シエルと呼ばれた少年は、その瞬間に顔を歪めたが、すぐに元の無表情に戻って青年を見返した。
爛々と灯る双つの瞳。左は凍てつく夜蒼、そして晒された右は―――翡翠である。

「契約通り僕の役に立ってもらうぞ、アンダーテイカー。まずは有能な執事を寄越せ。できれば人為らざるものがいい」
「了承したよ、子羊くん」

花が風に散る。
墓に縋るよう、千々に乱れる花弁を見遣り、シエルはゆっくりと目蓋を閉じた。



***



天上におわす神のように、冷めた瞳で地上を見下ろす者が、二人いた。
精巧な箱庭を眺めつつ、セバスチャンは主に問い掛ける。

「少しずつ事象を異にする、その理由をお伺いしても?」
「僕の人生そのものはゲームに供するほど安くない、とでも答えて欲しいのだろうが…」

薄く笑みを刷いた悪意の唇を見遣りつつ、シエルは酷薄な微笑を返して、指先で箱庭を撫でた。
玩ぶような、慈しむような、不思議な指先だった。

「これは暇潰しのゲームだ。僕の人生も、そう。だが、僕はこのゲームにもうひとつの楽しみを持たせている」

セバスチャンが向けた怪訝な眼差しを気にかけもせず、シエルは箱庭のなかを眺めたままでいる。

「これは有り得たかも知れない過去を、選んだかもしれない未来を、探す旅だ」
「―――――」
「選ばなかったもの選べなかったものを、ちゃんと理解してこそ現在は意味を深くする」

シエルは蒼紫のオッドアイを、セバスチャンにはチラとも向けずに、箱庭を乗せた机を指先でコツコツと叩いた。

「お前の手番だぞ、セバスチャン」

つまらぬ悪手など指してくれるなよ、言外に含められて、セバスチャンは箱庭の前に歩を進めた。


prev next




Main || Top



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -