06
 セバスチャン自身の身体を寸部違わず複製した人形の、
 唇の輪郭をシエルは一度舐めた中指で、
 ゆっくり時間をかけて撫でる。

 その様子を片時も逃さず見守った後で、
 セバスチャンは執事らしく、
 興味や感情を押し殺し無表情を装って訊ねた。
 

「偽の私に、何を足したのです?」


 お前に欠けてるものだ。
 


 この幽鬼の如き冥府の城には未だ一度も、
 薄い陽ですら差したことはない。
 それ故、シエルとセバスチャンのいるこの部屋にも、
 凍てついた空気が漂っていた。

 彼らが人間であれば、吐く息から白く凍り、
 その黒く長い睫毛にも忽ちのうちに霜がつき、
 一度閉じれば二度と開けることは叶わなかっただろう。

 しかし既に人に非ざる者であるシエルは、
 ふっくらとした肉感的な唇を艶やかに濡れ光らせ、
 愉しげに声を立てて笑う。
 その唇の間からは、白く小さな獣の牙が見え隠れした。
 

「お前に教えるわけがない」


 ―それはお前に決定的に欠けてる事だ――


 数千年朽ちぬ石床に並べられた二つの人形。
 今はもうそれらは、昏々と眠る人間か、
 一つの損傷も無き亡骸にしか見えない。

 
 可愛げ、と口にしたものの、
 セバスチャンは元よりそんな物を入れるつもりはなかった。

 万が一にも可愛げなどを出されて、
 自分の持ち駒を愛し尚且つ愛し返してしまったならば、
 このゲームの敗者となり、その後暫くはその事を持ち出されて、
 シエルに得意げな顔をされるのだろう。

 たかがゲームといっても、永年の倦怠を打ち払うには、
 互いに真剣に勝ちに行かなくては興趣が湧かない。
 しかしルールとして、
 自分がシエルに望む性質を入れなければならない。
 
 そしてその性質故に、
 シエルの駒を殺したくなるような何か。



「坊っちゃんの勝利への執着ぶりは、
 いつもながら見事ですね」

 

 揶揄(からか)うような口調に、常ならば食って掛かるところでも、
 今のシエルには、相手が真剣に自分に対峙してきている事が、
 その素振りから垣間見えて、可笑しくてたまらない。


「さっさと服を着せろ。もう目覚めさせるぞ」


 シエルは生まれたままの姿で横たわる双方の駒を見下ろし、
 その出来に満足したかのように目を細めて、
 再び長椅子にゆったりと腰掛けた。

 セバスチャンは貴族の少年にふさわしい、
 上質な布で丹念に仕上げられた衣装を用意し、
 シエルと瓜二つの人形に着せる。

 

「わたくしの人形の格好は、如何いたしますか?」

「お前は執事だ。僕の。
 それがどんな状況、環境にあったにせよ」

 

 シエルは支配者の威厳を最大限に誇示して、
 顎を上げ、見下すように命じた。

 鏡に映った虚像のように、
 身につけている物と全く同じ黒い燕尾服を着せ、
 銀色に光る懐中時計の鎖を括りつけた。

 
「支度が整いました」


 人形たちは、造り主の声一つで目覚め立ち上がり、
 吹き込まれた精神と性格を持って行動し始めるだろう。


「目覚めよ」


 神が世界に「光あれ」と最初に告げたように、
 シエルの厳粛な声は、闇に沈む城の隅々まで貫き渡った。

 目覚めた彼らの前に、
 昔シエルが悪魔と出会ったあの醜悪な夜宴から、
 そう日も経たぬ世界が現れる。


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