セバスチャン自身の身体を寸部違わず複製した人形の、
唇の輪郭をシエルは一度舐めた中指で、
ゆっくり時間をかけて撫でる。
その様子を片時も逃さず見守った後で、
セバスチャンは執事らしく、
興味や感情を押し殺し無表情を装って訊ねた。
「偽の私に、何を足したのです?」
お前に欠けてるものだ。
この幽鬼の如き冥府の城には未だ一度も、
薄い陽ですら差したことはない。
それ故、シエルとセバスチャンのいるこの部屋にも、
凍てついた空気が漂っていた。
彼らが人間であれば、吐く息から白く凍り、
その黒く長い睫毛にも忽ちのうちに霜がつき、
一度閉じれば二度と開けることは叶わなかっただろう。
しかし既に人に非ざる者であるシエルは、
ふっくらとした肉感的な唇を艶やかに濡れ光らせ、
愉しげに声を立てて笑う。
その唇の間からは、白く小さな獣の牙が見え隠れした。
「お前に教えるわけがない」
―それはお前に決定的に欠けてる事だ――
数千年朽ちぬ石床に並べられた二つの人形。
今はもうそれらは、昏々と眠る人間か、
一つの損傷も無き亡骸にしか見えない。
可愛げ、と口にしたものの、
セバスチャンは元よりそんな物を入れるつもりはなかった。
万が一にも可愛げなどを出されて、
自分の持ち駒を愛し尚且つ愛し返してしまったならば、
このゲームの敗者となり、その後暫くはその事を持ち出されて、
シエルに得意げな顔をされるのだろう。
たかがゲームといっても、永年の倦怠を打ち払うには、
互いに真剣に勝ちに行かなくては興趣が湧かない。
しかしルールとして、
自分がシエルに望む性質を入れなければならない。
そしてその性質故に、
シエルの駒を殺したくなるような何か。
「坊っちゃんの勝利への執着ぶりは、
いつもながら見事ですね」
揶揄(からか)うような口調に、常ならば食って掛かるところでも、
今のシエルには、相手が真剣に自分に対峙してきている事が、
その素振りから垣間見えて、可笑しくてたまらない。
「さっさと服を着せろ。もう目覚めさせるぞ」
シエルは生まれたままの姿で横たわる双方の駒を見下ろし、
その出来に満足したかのように目を細めて、
再び長椅子にゆったりと腰掛けた。
セバスチャンは貴族の少年にふさわしい、
上質な布で丹念に仕上げられた衣装を用意し、
シエルと瓜二つの人形に着せる。
「わたくしの人形の格好は、如何いたしますか?」
「お前は執事だ。僕の。
それがどんな状況、環境にあったにせよ」
シエルは支配者の威厳を最大限に誇示して、
顎を上げ、見下すように命じた。
鏡に映った虚像のように、
身につけている物と全く同じ黒い燕尾服を着せ、
銀色に光る懐中時計の鎖を括りつけた。
「支度が整いました」
人形たちは、造り主の声一つで目覚め立ち上がり、
吹き込まれた精神と性格を持って行動し始めるだろう。
「目覚めよ」
神が世界に「光あれ」と最初に告げたように、
シエルの厳粛な声は、闇に沈む城の隅々まで貫き渡った。
目覚めた彼らの前に、
昔シエルが悪魔と出会ったあの醜悪な夜宴から、
そう日も経たぬ世界が現れる。