04
 全く我が主ながら、一筋縄では行かない。


 自分に良く似た、
 しかしあくまでも自分に非ざる他者を操らせる事で、
 あらゆる感情の中で最も鮮烈で、最も苦いもの――
 嫉妬という感情を、
 シエルの中に喚び起こす罠を仕掛けたつもりだった。

 嫉妬に妬かれるシエルを見れば、
 数十年数百年の自分の倦怠が紛れるに違いない。


 しかしシエルとて悪魔になって、もう長い。
 要らない知恵がついたのか、はたまた元来の用心深さか。

 土くれからアダムを創リ出したように、
 持ち駒を各々創り、あまつさえ感覚を繋げよと、
 逆襲に自分を試みてくる。


 まったく今では私より悪魔らしくお成りだ――。


 シエルは横たわったままで白い首筋をあえて強調する如く、
 退屈そうに全身を伸ばした。
 セバスチャンは、ふとその百合のような白い項(うなじ)に目を留める。
 すると彼の瞳孔は細く狭まり、
 虹彩は血のような暗赤色に染まっていく。


「何を見ている?セバスチャン」


 そこに唇を這わせ口吻したい欲求と、
 名も知らぬ野花を手折るように、
 シエルのはかなげな細い首を絞め、折りたくなる衝動と。

 まるでそんな自分の心中の葛藤を、
 さも知り尽くしたようなシエルの提案。


「いいえ、何も」


 悪魔の誘惑とは、
 世界を混沌に帰し、心に疑惑を抱かせること。
 

 果たして悪魔は自死を願うだろうか。
 否。
 少なくとも、私にはその思考はない。
 まだシエルの中で、ある種の人間性が保たれている証拠なのか。
 
 しかし、それは得られなかった彼の魂への、
 自分の追憶的な感情にしか過ぎないのだろうか。

 
 セバスチャンは自分で仕掛けた罠に、
 自分がはまり込みつつあるのを知り、
 表には出さずに心の中で独り、嘆息していた。


 それこそが、悪魔の誘惑――。


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