「貴方が、私を愛してみるというのは?」
冴え冴えしいとも言うべき笑顔を、
人間界ではお目にかかれぬような美貌の顔に貼り付けて、
執事はいともあっさりとその言葉を口にした。
その途端に少年は険しい顔で、
声高に呼びかける。
「ケルベロス1号から100号ッ」
「何も飼ってる全てを呼ばなくても」
「こいつを今すぐ喰らってしまえ。
少なくともあと200年は再生できぬほどに」
怒声は上げつつも、
少年は長椅子に気だるそうに身を横たえたまま、
相手にしてられぬとばかりに、己が黒く長い爪を眺め、
退屈凌ぎに噛み始めた。
「200年ですか。まあそれも大した年月ではありませんが、
その間、貴方がさらに退屈になりましょう。
爪の形が悪くなります。どうか噛まれませんように」
執事は水が流れるように優美に動き、
白手袋に包まれた手を伸ばして、シエルの手を掴む。
「お前が愚かな提案をするからだ。セバスチャン」
悪魔が悪魔を愛する?馬鹿げてる。
僕らの内にあるものは、絶対的な悪、醜怪な憎悪、万物に齎す恐怖。
愛など、それが偽物であったとしても、
それがどんなものであったのかさえ、忘れて久しい。
それなのに、その愛とやらをこの目の前の奴に注げとは――。
僕がこの永劫の倦怠を過ごさねばならなくなったのも、
元はといえば、こいつが僕の前に現れたからなのに。
なるほど、セバスチャンが僕をあの時助けなかったならば、
僕は復讐も果たせず、そのまま好い様に弄ばれ、
結果野垂れ死にしたのかもしれない。
しかして僕の得たものは、ささやかな復讐と、
その後の大いなる絶望だ。
そんなちっぽけな満足感のみで耐えるには、
気の遠くなる年月を、こうして宛てもなく、
セバスチャンと共に彷徨い続けなければならぬ。
「何も貴方自身がという事ではありません。
貴方は貴方の持ち駒を選び、
私は私の持ち駒を選ぶ。
貴方の持ち駒が私の持ち駒を愛したならば、
貴方の勝ち」
シエルは漸く深く澄みきった海のような青く碧がかった瞳を、
漆黒の執事に向けた。
「で、お前の勝ちは?愛さなかった時か?」
「貴方の持ち駒を愛しもせず殺せば、
私の勝ちということに」
「持ち駒は?どの人間でも良いということか?」
「できれば貴方そっくりの人間を。
この流転する世界の中からお選び下さい。
その方が観ていて楽しまれる事でしょう。
私も私にできる限り似た者を選びます」
セバスチャンは薄い上品な唇を引き、
意味ありげな微笑を讃える。
――さて、坊っちゃんは、
うまく罠にかかりますかどうか――