02
 「貴方が、私を愛してみるというのは?」


 冴え冴えしいとも言うべき笑顔を、
 人間界ではお目にかかれぬような美貌の顔に貼り付けて、
 執事はいともあっさりとその言葉を口にした。

 その途端に少年は険しい顔で、
 声高に呼びかける。


「ケルベロス1号から100号ッ」

「何も飼ってる全てを呼ばなくても」

「こいつを今すぐ喰らってしまえ。
 少なくともあと200年は再生できぬほどに」


 怒声は上げつつも、
 少年は長椅子に気だるそうに身を横たえたまま、
 相手にしてられぬとばかりに、己が黒く長い爪を眺め、
 退屈凌ぎに噛み始めた。
 

「200年ですか。まあそれも大した年月ではありませんが、
 その間、貴方がさらに退屈になりましょう。
 爪の形が悪くなります。どうか噛まれませんように」

 
 執事は水が流れるように優美に動き、
 白手袋に包まれた手を伸ばして、シエルの手を掴む。


「お前が愚かな提案をするからだ。セバスチャン」

 
 悪魔が悪魔を愛する?馬鹿げてる。
 僕らの内にあるものは、絶対的な悪、醜怪な憎悪、万物に齎す恐怖。
 愛など、それが偽物であったとしても、
 それがどんなものであったのかさえ、忘れて久しい。

 それなのに、その愛とやらをこの目の前の奴に注げとは――。
 僕がこの永劫の倦怠を過ごさねばならなくなったのも、
 元はといえば、こいつが僕の前に現れたからなのに。

 なるほど、セバスチャンが僕をあの時助けなかったならば、
 僕は復讐も果たせず、そのまま好い様に弄ばれ、
 結果野垂れ死にしたのかもしれない。

 しかして僕の得たものは、ささやかな復讐と、
 その後の大いなる絶望だ。

 そんなちっぽけな満足感のみで耐えるには、
 気の遠くなる年月を、こうして宛てもなく、
 セバスチャンと共に彷徨い続けなければならぬ。


「何も貴方自身がという事ではありません。
 貴方は貴方の持ち駒を選び、
 私は私の持ち駒を選ぶ。

 貴方の持ち駒が私の持ち駒を愛したならば、 
 貴方の勝ち」


 シエルは漸く深く澄みきった海のような青く碧がかった瞳を、
 漆黒の執事に向けた。


「で、お前の勝ちは?愛さなかった時か?」

「貴方の持ち駒を愛しもせず殺せば、
 私の勝ちということに」

「持ち駒は?どの人間でも良いということか?」

「できれば貴方そっくりの人間を。
 この流転する世界の中からお選び下さい。
 その方が観ていて楽しまれる事でしょう。
 私も私にできる限り似た者を選びます」


 セバスチャンは薄い上品な唇を引き、
 意味ありげな微笑を讃える。


 ――さて、坊っちゃんは、
 うまく罠にかかりますかどうか――



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