鏃 06
尾鰭がひるがえり、魚は僕に背を向けた。
「ついてこい」
水泡を孕んだ水音が、水流となって僕を通り抜けていった。泳ぎ出した魚は周囲の漠に蕩け、瞬いている黄金の欠片だけがその進路を僕に告げている。
魚はどこへ行くつもりなのだろう。魚は何をするつもりなのだろう。魚は僕に何をさせるつもりなのだろう。僕は魚についていくべきなのだろうか。
黄金の瞬きが、遠のいていく。
ここにうずくまっていてもしかたがない。
他にどうすればよいのかなどわからなかったから、導かれるままに、僕は魚についていくことにした。
骨組みの残骸を左右に、道ででもあるかのような、拓けた一筋を魚は泳いでいく。柵のようなものの間から、魚は道を逸れていく。柵に囲われている、崩れかけた家屋の軒先に、魚は留まった。
追いついた僕に、魚が声を投げる。
「鏃があるだろう」
「やじり?」
咀嚼できずに立ち尽くす僕に、魚は黒の鰭をゆらめかせる。
「そなたはまだここにくるべきものではないが、どうも、ここに馴染みすぎている」
黒に蕩けながらたゆたう青が沈んでいく。
「この水も、われも、そなたにもといたところに戻るまでの違和を与えるまでには至らないようだ。そこで、そなたをここから追い出すにはどうすればよいのかを、思案した」
魚の尾の白が、水底の一点を指し示す。
「これだ」
水底を埋め尽くす小石を覆っている藻がゆらめいた。藻の幕を掻い潜った底に、魚の示すものがあった。引き伸ばした菱形の一方に棒を繋げたような、辛うじて形を留めている、ぼろぼろになった小さな黒いものが、小石の間に転がっている。
「これが、やじり?」
「そうだ。触れてみるといい」
うながされるままに身を屈め、腕を伸ばして、示された黒に触れた。
「まだ、そなたは水に融けるべきではない」
黒に触れた手のひらに、痛みが走る。
「そなたのような、こうことをやめられないでいるものを、われは知っている」
痛みに気を取られたからか、魚の声が遠のいていく。
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