鏃 04




 目をあけると、そこは青で満たされていた。青とはいっても、黒が薄まったような青であり、むしろ、黒が滲み出して薄れているだけのようではあった。あまりにも漠としていて、とらえどころのない色が、すべてに覆い被さっていた。だからというわけではないが、僕のからだも、かたちを漠としているようにおもえた。とうに肺は水没し、皮膚のうちがわも水で満たされているようで、息をすることを要しない。今の僕は、かろうじてひとのかたちをした水袋ででもあるのだろうか。かたちの境は判然としないが、見た目においてここに満ちている色に蕩けているということだけは、確かなようだった。
気泡の連なりが昇っていく。昇りゆく泡を眼で追ってみた。どれだけ首を反らせて仰いでも、水面へは辿り着けないでいることだけが見て取れた。
 おそらく、ここは水底なのだ。
あたりに散らばっているものの影のようなものは視認できるのだから、まったき闇ではないようだが、陽が届いているのかどうかまではわからない。
 へし折れ、ひしゃげた柱が、表層を覆っている藻を水流にゆらめかせていた。周囲に眼を這わせてみると、水塊に圧されて潰れたのか、時を経ることで壁が剥がれていったのか、かつては木造の家であったであろう骨組みがいくつも散らばっていた。その並びは集落のようであり、遠くの山の斜面から地盤ごと流されてきたものが水底に落ち着いたようでもある。各所から流れ着いた家々が、集積し、堆積しているようでもあった。
 細かな気泡の群れが、水の流れを可視化する。黄金のきらめきが、漠とした青に閃いた。
 魚の鰭のようにゆらめく、糸を束ねたような黒が見えた。藻のようにたゆたう黒の隙間から、ここに満ちている色を凝らせたかのような、ふたつの黒の円形が、僕の顔を覗きこんでいた。滴るような黒の双眸のまわりは、夜を透かした骨のように白い。気泡と黄金を生じさせているそれは、水底たる茫漠に融ける黒から滲んだ青を纏っていた。
 青に包まれている、蒼ざめた白から剥がれたのだろう。ちいさく薄い、花びらのような黄金が、水泡と戯れながら昇っていく。夜を煮詰めたかのような黒に潰された水底にて淡く光るそれは、どうやら、魚の鱗のようなものであるようだった。
 風に巻き上げられるように金の花びらを撒いているそれの、薄い唇が割れた。

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