夢見鳥と映日紅03
洞穴の壁を伝った滴が、ささやかな流れとなって、竹の格子の間を流れ落ちた。
そこに生まれた衣擦れに、洞の奥から声が放り投げられる。
「邑長の嗣子が何の用だ?」
「女の子を見なかったか?」
問いを跳ね返した問いは、問いかけた者が問い返したかのように、その残響すら、酷似していた。
砕けた様の、声が訊いた。
「婚礼でもあるのか?」
檻の奥から響いてくる音に、檻の前に立つ男は沈黙を保つ。黙したままの男の前に、のそり、と、蓬髪の男が歩み出た。檻を鏡面とするかのように――黙して佇む男は中肉で、蓬髪の男は痩身にちかかったが――着ているものと結い上げられた頭髪、一方が黒である目の色をのぞけば、ふたりの男はおなじものであるかのようだった。
蓬髪の男が鷹揚に笑う。
「隣邑に嫁いでいく姉さんが、どうしても、水蜜を食べたいんだと」
黒目の男はわずかに目を細めた。
「季節外れだな」
「だが、昔、今頃の時期に誰かから貰ったそれの味が忘れられないそうでな」
おどけたような顔で、蓬髪の男は黒目の男を窺う。氷柱めいた鋭さを帯びた黒目の男は、嚇怒とも慙愧とも判然としない頑なさをもって、蓬髪の男を睨んだ。
「どこに行った?」
「そういえば、この邑の女を欲しがる近隣の邑は多かったな。なんせ、尽きることのない種と、そこからの実りが、花嫁にはくっついてくる。婚礼の準備で家がごたごたしてる隙でもつかなければ、外を出歩くことすらままならないような良家の娘。お前が捜してるのは、そういった娘だろう?」
檻の柵ごしに、愉快そうな笑みを漂わせながら、蓬髪の男は黒目の男を見据えた。
「見逃してやれよ。あの足だ、そう遠くには行けない。数年もすれば遠方に嫁ぐ身だ。ささやかな願いくらい、叶えてやってもいいじゃねぇか」
唇を引き結ぶ黒目の男に、蓬髪の男は足もとを眼で示した。そこでは、男の膝あたりまでの竹が割れ、格子には幼子が通れるほどの隙間ができている。
「それから、ここ、直しとけ。俺だってずっとここを見張ってるわけにはいかないんだ。誰かがこっちに入ってきたら危ねぇだろ」
呆れているような詰るような声を聞きながら、黒目の男は檻を穿つ隙間を見遣る。
「逃げないのか?」
目を伏せたままの黒目の男に、蓬髪の男は肩をすくめた。
「次の種守は、まだ、出てないんだろ?」
「格子はすぐに直せても、呪禁師が札を仕上げるのには時が要る」
「お人好しだねぇ、哥さんは」
苦笑を滲ませた、朱金を孕む紅の目が、黒目の男に向けられる。相似の片割れは踵を返し、檻に封じられたもうひとつを見下した。
「必ず戻せよ」
「わかってる」
底抜けなまでに晴れやかに、弟は兄へと笑いかける。兄は眼を前に戻すと、弟に背を向けた。
札で封じられた格子に背を向け、背丈分の高さほど、潤んだ岩場をくだったところで、蓬髪の男は蕾が咲き零れるような声を聞いた。
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