夢見鳥と映日紅02


 少女を呑んだ洞の咽喉は、口よりも広い。洞の臓物へは下り坂が続いているものの、そこを塗り潰すのは闇ではなく、湿気に黒光りしている岩には、薄く、仄青いものが滲んでいた。
 金糸銀糸で華やかな鞋(くつ)が、紅の裾にちらつく。大人の拳ほどの少女の足を包んでいる、樹果を模した刺繍に埋め尽くされた布は、少女が歩を進めるほどに、ぬるい露を吸っていった。
 よろめいた少女が、岩に手をつく。少女を支えた岩肌は、じわりとした温さを湛えていた。あしもとが近くなったことで鼻の奥を突いたものに、少女は眉根を寄せる。紅から覗く指先が、珊瑚のような爪の裏にある、夜露に濡れた指の腹が、吹き上げてくる流れを感じた。黒髪を掻きあげ、少女は流れのもとに眼を遣る。
 そこでは、風のみを通す堰であるかのように、竹が道を塞いでいた。
 おぼつかない足取りで、少女は竹の堰へと吸い寄せられる。柵のようでもあり檻のようでもあるそれが、道を塞いでいることだけはたしかで、先に進むことはできないようだった。
 洞そのものが潤んでいるにもかかわらず――竹そのものは無数の札に覆われていて見えないが、劣化し繊維のもつれた札の透かすそれは白茶けている――堰を編む竹は乾いていた。古いものも新しいものも混在している札は、雑然と、幾重にも貼られ、厚みを帯びている。柘榴を凝らせたかのような黒の目を眇め、少女は身を屈めた。皓い華貌が竹柵に近づく。竹に巻かれ、湾曲している札に書かれているものの意味を、少女は読み取ろうとした。
 仄青い明るさが、檻の奥から湧きあがってくる。
 男の声が、少女の耳を打った。

「動くな」

 洞に満ちる闇が、のそりとゆらいだ。

「来るなよ。ここにあるのは、よくないものだ。だいたい、ここは禁足の地だぞ。麓の邑の奴なら知らないはずはない」

 竹の檻の向こうに、少女は蓬髪の男を見つける。黒の塊めいたその者は、二十ほどの男で、象牙の肌に色褪せた麻衣を纏っていた。中背の男を、少女は見上げる。

「あなたは?」

 純朴な疑念に、男は唇を歪めた。竹柵を覆い尽くす札を指さし、男は哂う。

「よくないもの」

 怖気を誘う皮肉っぽい笑みに、少女は息を詰まらせた。瞬く仄青い燐光が、男の背後、地の底から湧きあがる。
 陽を蕩かしたかのような銅の、酷薄ですらある男の目が、少女をとらえたまま細められた。胸の前で手を握り、男を見つめたまま、少女は奥歯を噛み締める。

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