The tale of a Leanan-Sidhe 05


 階段をのぼっていくと、矮躯の老人と小太りな中年男性と、同世代であろう、ひっそりとした佇まいの青年と擦れ違った。老人が大家であることはすぐに判った。中年男性が不動産屋であることも、階段をのぼっていく間に思い出した。もうひとりは見覚えがない。隣の部屋の新しい住人だろうか。
 疑問を抱いたまま――詮索するようなことでもなかったので――僕は三人に会釈をし、無難に傍らを通り過ぎた。
 自宅の鍵をあけ、扉の中に入る。キッチンを通り抜け、ソファとテーブルの区画以外は積み重なった書物でいっぱいなリビングの床を踏む。ソファの横となり、今の僕の正面にある窓は閉まっていたが、寝室の窓は開いている。蜜のように優しい、棘を孕んだ風が、頬を撫でた。
 鞄をソファに投げ捨て、僕は寝室へと足を向けた。
 街も、部屋も、翳っている。街路樹も、人も、翳っている。空も、海も、灰色だ。 

「ただいま」

 半開きだった寝室のドアを、そっと、押し開ける。

「ごめん、遅くなった。打ち合わせが長引いてね」

 ふわり、と、薄い影を重ねるレースのカーテンが、潮風を孕んでひるがえった。

「そう怒らないでくれよ、これでも急いだんだ」

 寝室に溢れる薄闇は、ひどく優しい。
 一歩、ベッドに近づく。そこには彼女がいる。
 ベッドに近づく僕を見上げながら、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませた。シーツの皺に埋もれるように横たわる彼女の爪先が、僕の太腿を蹴る。僕は苦笑した。

「何を拗ねているんだい?」

 靴を脱ぎながら、彼女を窺う。彼女は膝を抱き寄せ、ちいさく丸まった。花の香が鼻腔をくすぐる。乳と蜜をかためたかのような白い肌が、薄闇に浮く。やわらかく、かぐわしく、弾けるような肉が、可憐な女のかたちをもって、僕を見つめていた。きっと、彼女の肉は、あまいのだろう。鮮やかさの欠けた景色の中で、唯一、淡くひかるのだから。  
 問いかけるような目が、僕を映している。

「決まってるじゃないか」

 この灰色の街において、彼女だけが生彩を撒いている。
 僕がベッドにとびこむと、丸まったままの彼女はボールのように弾んだ。スプリングの軋みが聞こえなくなる頃には、僕の耳もとで、彼女はくすくすと笑っている。しなやかな背中を抱き寄せると、彼女の手が、僕の頬を挟んだ。砂糖菓子をねだるような目で、彼女は僕を見つめてくる。だから、僕は、彼女の欲しがるお菓子をあげた。
 
「僕は、君を、愛しているよ」

 彼女の唇はやわらかく、心地よい倦怠はまどろみの底へと僕をひきずりおろす。

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