The tale of a Leanan-Sidhe 03


 私たちの傍らを通る際、青年は微笑を淡くたゆたわせ、優雅に会釈をしてみせた。完璧なる被造物はかくやという造形に、私は息を呑んだ。理想を模した大理石の彫像が、ほのかな熱と、ささやかな息遣いをもって、筋繊維を駆使し、稼動している。たとえばベルニーニの彫像が、月桂樹に変じゆくダフネに追い縋るアポロンが、私の目にその瞬間を灼きつけたとしたら、その残像は青年のそれと違和感なく雑じりあうに違いない。その肌には蝋のやわらかさと大理石の透明が、繊細さとすべらかさが、生々しく、白々しく、冷ややかに、あでやかに、宿っていた。
 隣の部屋の扉の前で、青年は立ちどまった。そして、鞄から鍵を取り出し、扉をあけ、その中に姿を消す。
 私の眼を追ってか、大家が声をかけてくれた。

「この部屋の隣に住んでるあの人は詩人でね。有名だから、あなたも名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかな」

 そうして告げられた名は、さして文芸に興味のない私ですら、聞き覚えがあるものだった。それほどまでに有名な詩人であったから、もっと齢を重ねているものと思っていたが、蓋をあけてみれば、同年代であるようだ。胸をよぎった感情は、羨望か嫉妬か、判然としないものだった。まったくの違う領域で名を馳せているにもかかわらず、そのようなものを抱くとは。尊敬でもすればいいものを。我ながら呆れてしまう。
 だが。

「やつれてましたね」

 それは、率直な感想だった。風貌そのものについてではない。青年から抱いた印象そのものについての感想だ。
 不動産屋が、意外そのもの、といった顔をする。その傍らで、大家が目を眇めた。
 わずかな沈黙の後に、大家は唇を持ち上げる。

「彼は、妖精に魅入られているのかもしれないね」

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