The tale of a Leanan-Sidhe 10
* * *
わたしは手をつないでいた。
誰かと手をつないで、暗く、足場の悪い道を、走っているようだった。
何かから逃げているのか、何かに追われているのか。それは判らなかった。ただ、わたしが手をひいている誰かの、怯えと焦躁だけは伝わってきたから、その感情だけは確かなことなのだろう。
ここは森だろうか。樫やエニシダが、月光ですら貫けないほどに、生い茂っている。夜であることだけは確かな森だ。
どうして、わたしはこんなところにいるのだろう。どうして、わたしは誰かのひいて走っているのだろう。そもそも、わたしは漁師の夫の帰りを待ちながら、家で糸を紡いでいたはずではなかったか。
絡み合う枝葉の下を走るわたしたちの姿を、樹木の切れ目から射しこんだ月光が、一瞬だけ浮き彫りにする。
わたしが手をひいているのは、十五をこえた程の、長い赤の髪をひとつに束ね、大きな目をした、愛らしい少女だった。そして、ちらりとだけ月光に濡らされたわたしの手は、すべらかな肌で、骨ばった、指の長い手だった。
これは、男のひとの手だ。
わたしは愕然とする。
目線を落とそうとして、それができないことに気がついた。そういえば、これだけ森が深いのに、草の匂いも、土の匂いもしない。握っているはずの少女の手はやわらかいのであろうに、感触など微塵もなかった。
そして、もうひとつ、気がついた。
こんなにも走り続けているというのに、息苦しくも、脇腹が痛くも、ない。わたしの目であるところの肉体が、息を弾ませているにもかかわらず、だ。
これはどういうことなのか。
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