The tale of a Leanan-Sidhe 11


「休憩しよう」

 それは、青年の声だった。肩で息をしながら、気遣わしげに、少女を抱きよせる。少女の目に映っていたのは、細身の、修道士だった。喘ぐように息を吸い、少女を抱いたまま、青年は苔むした岩に背をあずけた。

「ここまでくれば、だいじょうぶ?」
「いや、まだ、修道院の敷地内だ」
「じゃあ、はやく、もっと、遠くに」
「そうだな。もっと、もっと、ずっと、遠くへ」

 少女の指先が、青年の背凭れとなっている岩に伸びた。

「これ、石像だわ」

 青年の唇が歪む。

「異教の英雄の像、だよ。我々にとっては石屑同然のものだ」
「でも、あなたは、これを石屑と見なすものを棄てて、わたしと一緒にいようとしてくれているのでしょう?」

 大きな目が、青年のそれをのぞきこむ。青年は眼を逸らし、視界の隅にちらついた灯へとそれを転じた。森の上、夜空の下に聳え立つその建造物は、教会か、修道院であるようだった。
 それらの領域の常として、創造主の威光に裏づけられているがゆえに、昼も夜も灯が絶えることはなかったが、踊るようにゆらめく灯は、どこか、翳っているかのように見えた。

「後悔、してる?」

 舌先でとろけるような声が、青年の耳朶を打った。

「苦しみこそが、すべてから、わたしたちを救ってくれるのよ。そう教えてくれたのは、あなたじゃない」

 強張った腕に絡まったまま、聖女のように高潔で、淡くひかるような微笑を、少女の唇はかたちづくった。

「あなたは、誰かのための苦しみを、悦びと涙することができるのではなかったの? あなたは、誰かに見放されてしまうことを、赦すことができるのではなかったの? それとも、報われることを望んでいるの? 認められることを望んでいるの? 忘れられることが我慢ならないの? 同情してほしいの? 理解してほしいの? 好意がほしいの? 愛してほしいの? 誰でもいいから、心を寄せて欲しいの?」

 くすり、と、少女はわらった。

「滑稽だわ」

 石の腕が、青年の背中から伸びた。軌跡の残滓に燐光を撒きながら、赤の髪がたなびく。青年は瞠目し、一歩だけ離れたところに立つ少女に腕を伸ばした。微笑む少女の胸の先を、青年の指先がかする。
 青年が石屑と呼んだ像は、その腕をもって修道士を絡め取り、その石の胸に異教徒を埋めていく。

「これからだけを、信じていればよかったのに」

 微笑む少女の目の前で、動き出した像の重みに地が軋み、陥没と崩落の土砂に、石像は夜空を仰ぎながら沈んでゆく。

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