葡萄03
夜更けに私のもとを訪れたのは、物好きとしか言いようのない、銀髪の青年だった。
棚に置いた手燭だけが、夜をこじあける光源だ。だが、夏の夜は艶やかで、樹木を透かす月光は冴え冴えと地を浮き彫りにしている。
葡萄を盛った皿を手に、青年は二藍の目を細めてみせた。
「きちんと食事とってましたか? 貴方、気が向かないと食べないでしょう」
「それなりには食べてたよ」
青年は諦念を漂わせ、わざとらしく溜息をつく。寝台に腰掛けている私は、苦笑しながら、立ったままの青年を見上げた。
「そういえば、ね。珍しいことがあったんだ」
昼間の出来事を、私は話す。棚に片手を置き、青年は首をかしげた。
「近所の子、ですかね」
「見たところ、そうじゃないかな。作物でも届けにきたのかもしれない」
手燭の蝋が、透きとおった雫となって、燭台に転げ落ち、固まる。
「服装からすると、街の子みたいだったからね。祈りの家で暮らす者たちの舌を満足させられるだけの、すべての作物を、舌の持ち主たちが育てられるわけでもないだろう」
「貴方も少しは見習ってくださいよ」
呆れたように、青年がぼやく。そして、私の眼前に果実の山をつきつけた。濃い紫と淡い緑の、はちきれんばかりに果汁を孕んだ大粒の葡萄が、球形の肌にしたたる水滴を、煌きとして纏っている。これからに根を張るはずであった種子を眺めていると、頭上から声が降ってきた。
「東に行ってたんですけどね」
青年の声は、どことなく、硬い。
「花束、置いてきました」
私は青年の顔を仰ぐ。伏せられた二藍の目は、いのちを繋ぐために結実した球体を、眩しげに見つめていた。
「白亜の城塞は、私の友人と、貴方が執着しているあの方の、墓標ですから」
あの方とは、誰のことを指しているだろうか。
疑念を呈するしかないでいる私に、青年はそれこそ呆れ果てたようだった。
「そんなわけで、これは東からの贈り物です」
目の前にあった皿を、押し付けられる。両手で皿を受け取った私は、それを膝の上に置いた。私の膝の上から、青年は葡萄をつまみ取る。
まったく、贈り物と言ったのはどの口だろう。
眉根を寄せながらも、口許はほころんでしまう。
早くしないと取り分がなくなってしまいそうだったので、私は果実に指を伸ばす。その際、上体が前傾し、やわらかな感触が肩口をくすぐった。
「そうだ」
上目遣いに、私は青年を見上げた。紫の球体を唇に触れさせると、溢れんばかりの果汁の、澄んだ冷ややかさが心地よい。思い出した頼みごとを口にすると、青年は訝しげに目を眇めた。
「前は伸ばしっぱなしだったじゃないですか」
「遊んでくれるひとがいるわけでもないからね」
葡萄を口に含むと、噛み切った隙間から果汁が溢れ出る。みずみずしさが香りとして広がり、さらりとした酸味が咽喉を伝った。すべらかな果肉とともに爽やかな甘さを嚥下する。
面を上げると、青年は唇を歪めて眉間を押さえていた。
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