葡萄02




 朝露が消える頃、私は中庭で陽を浴びる。
 中庭を囲む回廊に限らず、頭上で蒼穹を切り取る石材のすべてが、建造物のかたちを組むことに飽いたのか、湿気を含んで膿みかけていた。濃緑の葉を重ねる蔦が、回廊を成す石柱に絡まり、崩れかけの柱は蔦によって支えられているかのようにも見える。ひとの積み上げた石片は、枝葉や樹の根に侵されて、やがては土塊となって零れ落ちるのだろう。
 長椅子に腰掛けると、漣のような緑陰が肌を撫でた。長椅子に立て掛けた杖の先が、やわらかな土に沈んでいく。緑陰の涼やかさに浴する土は潤んでいて、草の芽が頭をもたげていた。
 鋭さを孕む陽光が、天蓋のように絡み合う枝葉を貫いて、重なりあう葉の隙間から、閃光のように零れ降る。黒を塗り固めたかのような梢の影と、黒の色硝子を重ねたかのような葉の影は、ちらつく陽を泳がせる水面のようだ。陽に曝された緑は、かたく、やわらかに、煌めきを撒く。
 緑陰に踊る煌めきが頬を滑った。茂みを掻き回した風が、私の髪を掻き乱す。緑陰に泳ぐ白金が、視界の隅を掠めた。
 梢の軋みが鎮まる。小鳥の囀りが止んだ。
 草の香が鼻腔をくすぐる。
 乾いた枝の、踏み折られる音が、した。
 野兎でも迷いこんだのだろうか。忘却されているに等しいこの場所を――限られた数人を除いて――訪れる者がいるとは考えにくい。
 草に埋もれかけた回廊の、音源に近い石柱に、眼を投げる。茂みに根ざしているかのような石塊は、回廊の隅に位置していて、それはそのまま中庭の隅でもあった。石柱と通路を挟んで聳えるべき、外界と中庭を隔てている壁には、ちいさな穴があったはずだ。崩れた石壁が苔に覆われているそこは、幼子であれば、通ることができそうだった。
 そんなことを思い出していると、石柱の根もとの茂みから、子どもの腕が、伸びた。
 私は目をしばたたく。
 茂みから伸びた腕は、少しだけ高さを増すと、何かを探すように、中空を掻いた。何も掬えなかった手は、一旦、茂みに戻る。そして、茂みが揺れ、先ほどよりも高いところに、陽に焼けた腕が閃いた。
 石柱を這い伝う、緞帳のように回廊を飾る枝から、一房の葡萄がもぎとられる。
 千切れた葉を纏いながら、跳ね上がり、葡萄を手にした少年は、茂みに沈んでいった。その一瞬に、少年と目が合ったような気がする。
 誰もいないはずの、廃墟とさえされている館の中庭で、少年の碧の目は私をとらえたのだろうか。
 もしそうならば、私をここに置いている彼らは、どう出るのだろう。 
 きらきらしさの溢れる中庭で、私は口の端が持ち上がることを自覚した。

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