葡萄01


 寝台から身を起こす。板張りの床は、朝日にぬるんで、心地よい熱を帯びていた。
 小鳥の羽音が、細く開いた窓から迷いこんでくる。下草に滴る朝露を撫でる陽は、窓の外に溢れる緑を苛むほどには、まだ、高いところから降り注いでいない。
 枕元に立てかけておいた杖に手を伸ばす。裸足のまま、壁際の棚まで歩き、水差しから碗へと水を注いだ。杖は棚に立て掛ける。粗削りな木の碗は、掲げるには両手を使わざるをえない程度の大きさで、鎮まった水面は鏡のようだ。
 水差しの横の小瓶と、棚に掛けられている布を一瞥し、私は顔を洗った。ぬるんでいるとはいえ、肌を叩く水は、優しく眠気を吸いとっていく。拭いきれなかった水滴が首筋を伝い、半端に伸びた髪に馴染んでいった。束ねるほどではなく、首に纏わりつくままにせざるをえない長さの髪は、正直、鬱陶しい。暇をみては訪れてくる変わり者の彼に、今度、なんとかしてもらおう。
 碗の縁で震えている水滴が、陽を弾き、煌めきを撒く。
 木目を透かして湛えられていた水が平坦さを取り戻すと、私は小瓶に手を伸ばした。水鏡には見慣れた顔が映っている。小瓶から硝子玉を取り出し、右の眼窩に嵌めこんだ。
 定時課の鐘が初夏の空を覆う。
 石壁に囲まれ、樹木に埋もれているここにおいて、すべての時告げは透過するだけだ。
 夜明けと日没を数えずとも、樹木の芽はふくらみ、蕾はほころんでいく。暁の鮮やかさと、黄昏の煌びやかな翳りは、陽のやわらかさと大気の軋みを気にかけてか、その間隔を長短させていく。
 ひとびとの目覚めと眠りを包みこむその円環によれば、今は初夏であるようだった。

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