竜の住む山。


 拍手、歓声、指笛の音。鳴り止まぬ内に踊り子二人は手を振って楽団が控える場所へとゆっくりと帰っていった。
 途端、ドン!と大きな太鼓の音に合わせて小柄な口髭を蓄えた中年男が踊り子と入れ替わりにやって来る。何とも色とりどりの布を合わせた服を纏った男に目を奪われるとシェンリェが下から「あれが旅芸人達の長だよ」と教えてくれた。

「さぁさぁ皆様方!今宵ここに集まりましたる縁でございます、楽しんでいただけましたかな?」

 言って大袈裟な動きで観衆に耳を向けて手を耳に翳す男に再び歓声と指笛。その反応に満足そうに頷きながらぽってりと飛び出た腹を撫でて、男はにんまりと笑みを浮かべた。

「うぉっほん!それはそれは誠によござんした!しかぁ〜し、今夜は皆様方。ラッキーですぞ!」

 溜めを含んだ勿体ぶった口調で男は言うと腰に手を当てて胸を反る。それにしてもいちいちオーバーアクションだとシグレは思った。

「なななんと!今夜はあの竜の神子様がここに居られましてな。竜舞を我らに披露してくださるそうだ!これは素晴らしい!」

 今度は両手を左右に勢いよく広げて声を上げると、それに反応したように観衆はざわつきを見せる。

「へぇ!あの神子さん、こんな竜の巣の近くで舞うのか…!こりゃ、面白い」
「りゅうぶ?ってなんなん?」
「何だお嬢さん知らねぇのかい?竜舞ってのは名前の通り竜を奉る踊りの事だ。何しろこの踊りは滅多と見れないからなぁ、祭りでさえ中々踊りが披露される事がないもんなんだぜ」
「そうなん?…せやのに、何で今夜は踊るんやろ」
「さぁて…お嬢さんら、竜の巣に行くんだろ?景気付けじゃないか?」

 シグレの疑問に受け答えするシェンリェの声音が随分と弾んでいるのは、やはり言葉の通り滅多に見られない貴重な舞いだからなのだろう。シグレは納得するよう頷くと男に紹介され、すっかりと踊り子の衣装を身に纏ったミズチと先程の二人の踊り子の登場に目を奪われた。

「竜舞か」

 不意に、聞き慣れた声が聞こえた。
 顔を声の方へと見下ろすと、何やら不機嫌に拍車をかけたように神妙な顔をしているレイルがいつの間にやら佇んでいる。

「レイル、いつの間に居ったん」
「ずっと居たぞ?」

 シグレを見上げたレイルが溜め息混じりに告げると、ずっと踊りに視線を向けていたせいで気付かなかったのかとシグレは苦い顔をした。

「竜舞は竜を奉る他に、精霊の動きを活性化させて竜を興奮させる作用もある。…それをこんな巣の真下で踊るとは…ミズチは何を考えてるんだ」

 告げるレイルの声は独特なリズムで打たれる打楽器の音で掻き消された。
 それに反応したように顔を前へと向けると真ん中にミズチ、挟むよう二人の踊り子が立ち位置についていて。リズムを刻むように地を素足で叩く度に足首に付けられた飾りがシャン、と軽い音を立てている。篝火の灯りを背後に受けたミズチがゆっくりと唇を開き、普段の快活な声とは違う深く重い声で歌い始める。
 不思議な響きの詞─ことば─は音楽の響く体内にスッと入っていく。

(きれい)
 胸の奥から込み上げるような妙な感覚に合わせるかのようにリズムを刻み、手にした薄緑の長い透けたストールを器用に宙へと踊らせながら舞う踊り子たち。弦楽器と打楽器の合わさるハーモニーに自然と気分が高揚する。
 高らかに歌い上げる声に空気が震える。

 それは、唐突だった。
 震えた空気を切り裂くような咆哮が四方から高らかに歌声に合わせるように上がる。

「なんだ!?」
「お、おいあれ!」

 驚きと怯えに声を荒げた男達が夜空を指差す。
 そこに見えるのは数えきれない程の、影、影、影。

「竜だ!!」

 誰かが叫んだ。
 しかし、ざわつく騒音など気にも止めずにミズチは舞う。歌う。それに合わせる楽団や踊り子も奏で続けている。

「こりゃ…凄い…」

 呟くよう空を見上げたシェンリェが声を吐息と共に吐き出した。
 まるで音楽を奏でるように竜達も声を上げる。しかしそれは、恐ろしげな咆哮ではなく、まるで泣くような切なげな細い旋律。空を舞う竜の姿は降りてくる様子もなく、ただ空に響く音楽を楽しんでいるようでもあった。
 しかし、シグレの胸はざわついていた。不安、ともとれる感覚に気分が悪くなる。周りを見渡すと皆が皆空を見上げている。音楽は止まない。歌も終わらない。ミズチや踊り子も一心に踊り続けている。

(こわい)
 何故だか、そう思った。
 込み上げる高揚は途端に姿を変えて己が内に広がっていく。怖い。
 また辺りを見渡す。誰も踊る姿を見ていない。一心不乱に空を見上げてまるで何かに憑かれたかのように竜の姿を追っている。その様子が何だか異様に見えて言い知れない不安と恐怖が胸を締め付けた。
 ざわり、不意に肌が粟立ってシグレは腕を抱いた。刺さるような視線を感じる。元々そういう気配などには疎い筈の自身が感じる程の肌を突き刺し這い上がるような感覚に視線だけを窺うように巡らせる。──見られている。誰かに。

(何に?誰に?)
 渇く喉を潤そうと唾液を飲み込む。まだ、舞踏は終わっていない。まだ、観衆は空を見上げている。不安を消そうと踊るミズチの姿を見つめたが、それすら現実では無いような気がして、今度はレイルを見下ろしたが居る筈のレイルの姿が見当たらない。こんな時に限って、と内心悪態を吐くが空を見上げるシェンリェの揺れる髪が少しだけ安心感を与えてくれる事に気が付いて息を吐き出すと同時に何だか可笑しかった。
 漸く少し落ち着いて、改めて辺りを見渡す。勿論、視線の主を探す為に。と、そこで皆が空を仰ぐ中、たった一人こちらを見ている姿があった。見事なまでの赤い、紅い髪は長く高い位置で結わえられ、こちらに向けられた瞳はそれに合わせたように深紅。顔立ちからは女性と見られ、鋭い視線を送る目は長い睫毛が飾っていた。その瞳に不意に何か映像がフラッシュバックする。
 黒く巨大な影。これは真っ逆さまに落ちていた時に見たドラゴンの姿。黒い毛に覆われた凶悪な姿。その目も、真っ赤だった。その姿にあの恐怖を思い出して身震いする。と、不意に女の唇が動いた。

(なに…?)
 それは言葉のようだが何せ音楽が高らかに響いていて聞こえない。ましてや、女との距離は五メートルは離れているので聞こえる訳がない。だけど、シグレはその言葉が何なのか理解した。


──お前が世界を滅ぼすんだろう?

 笑みに歪んだ唇にゾ、と寒気が走る。心臓が跳ねて早鐘を打っている。
 滅ぼす?世界を?何を言っているんだ、滅ぼすんじゃない、だってレイルが言っていた。

(あたしは、…レイル、あたしは、世界をたすける、って)
 レイルの言葉を思い出す。救世主、世界を救う、そう言われた。滅ぼす筈がない。きゅ、と唇を噛み締めて女を見据えた。が、その姿がない。探して見渡すがその影も無かった。
 いつの間にか音楽は静かな調べになっていた。そろそろ舞いが終わるのだろう。いつしか竜の姿も少なくなり空は静かな夜を取り戻していた。





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