竜の住む山。


 拍手喝采とはこの事だろう。誰もが笑顔で拍手をして踊り終えた踊り子達に歓声を上げている。ただ一人、シグレを除いては。青ざめた顔をして腕を抱き締めるシグレの姿が、観衆の頭より飛び出ているのでミズチからよく見える。気が付いたミズチが驚愕の顔をして慌てた様子で駆け寄ろうと足を踏み出したが、旅芸人の長の再びの登場により遮られてしまった。

「シェンリェさん、下ろして、」
「ん?おぉ、もういいのか?」

 震えた声で告げられてシェンリェがシグレを見上げると肩に乗せた時と同様に軽々とシグレを下ろした、が、その人影に浮かぶ顔色にギョ、と目を見張る。

「おいおい、大丈夫か!顔色がえらく悪いぞ」

 心配して額を大きな掌で熱を計るように触られるとその温もりに気が抜けたように息がシグレの口から漏れた。まだ心臓が強く跳ねていて落ち着かない。

「うん、へー、き。大丈夫…」

 言った言葉は自分に言い聞かせるものだ。本当は大丈夫では無かったが無駄に心配は掛けたくない。その気持ちを見透かすような真剣なシェンリェの目から視線を思わず外すと額から温もりが離れていき視線を上向かせた。随分と背の高い彼の顔は影になって表情が余り伺えなかったがきっと心配したような顔をしてるんだろうとシグレは視線を下ろした。

「竜の気に当てられたか?」

 掛けられた声に顔を向けると先程確認した時には居なかった筈のレイルが隣に立っていた。不思議な物でも見るような目をして見上げるシグレにレイルは眉を顰めると片膝を草に下ろしてシグレと目線を合わせる。

「何を見た?何を聞いた」
「あ…」

 静かに向けられた問い掛けに声が震える。フラッシュバックする光景。そして、女の姿と言葉。

「お…女の、ひと。が、」

 不安定に視線が揺れる。

「あたしが、滅ぼすって…」

 掠れた声に唾液を飲み込むと不安をありありと顔に浮かべてシグレはレイルの顔に視線を向け、半ば泣きそうな顔をした。
 そ、と不安に潤む目を温もりと暗闇が覆った。それがレイルの掌であると一拍遅れて気が付く。

「竜の声は、人間の精神に障り幻覚や幻聴を引き起こす。…大丈夫だ、何を言われたか知らないがお前がやると決めたことは滅ぼす為じゃない、守るためだ」

 ゆっくり紡がれる言葉に安堵が込み上げる。掌が離れれば目の前にはレイルの不機嫌そうな顔。
 うん、と頷いてシグレは息を吐き出した。
 一体どうしてこんなに不安になったのかはシグレ自身理解は出来ないのだが、その理解出来ない不安さえもレイルの温もりが和らげてくれる。知らない間に、この不機嫌顔のパートナーに自分は懐いていたのかとシグレは内心驚き苦笑いを漏らした。

「レイル、ありがとう」
「…あぁ。それにしてもミズチは何をしたかったんだ。あれだけの竜を喚ぶとは」

 盛大に溜め息を吐き出しながら立ち上がるレイルを見上げると心配したままのシェンリェに顔を向けてシグレは大丈夫、とまた苦笑いする。そして漸くレイルの言葉に首を傾げると眉を寄せた。

「あれ、ミズチがよんだん?」
「そのようなものだ。」

 告げるレイルの視線は旅芸人の長におだてられ困った顔をしているミズチに向けられている。シグレの視線の高さでは人垣でまるで見えないが、苦々しく眉を寄せる彼の顔だけは篝火の橙に照らされてよく見えた。



「ミズチ、何を考えているんだ。こんな所で竜舞を舞うなど」

テントにミズチが戻ってきたのは舞が終わってから暫く続いた酒宴が月が真上に上り漸く終わりを告げてからだった。戻って直ぐに掛けられた不機嫌な声に肩を竦めるとミズチは申し訳無さげに眉を垂れて元の揃いの寝間着に戻った姿を隠れるようにシグレの後ろに落ち着けた。

「ご、ごめん!いやぁ、竜の巣に入るのに巣の主に許可を取ろうと思って…後、景気付けにと言うか…まさかあんなに竜達がわんさか出てくるとは思わなかったと言うか…」

 しどろもどろになりつつ苦笑いでミズチは告げていたがレイルの真っ直ぐに向けられる視線に耐え兼ねたように肩を落としてシグレの後ろから隣に移動し頭を垂れた。

「ごめんなさい」
「…お前も知っている筈だろう、竜舞には竜を興奮させる作用があると」
「う、うん。でも、無断で入るよりはやっぱり許可をとった方が良いと思って」
「竜舞で許可とかとれるん?」

しょんぼりとしてしまったミズチの背中を柔く撫でながら問いかけるとシグレはレイルの顔を見つめた。

「直接、竜を象る精霊にアプローチする訳だからな…」
「うん、そう。あなた達を敬ってます。なので、あなた達の住む場所へ入る許可を願います、って気持ちを込めて踊ったのと、それに対する対価として人の感情から生まれる魔力を捧げるってのが目当てだったんだ。でも、まさかホント…あんなに竜が姿を見せるなんて思ってなかったんだよ。」

 話すミズチの顔色が話す度に少し青ざめていく。

「当然だ…それだけ、精霊は消失しているんだ。人の感情を、想いからの魔力という糧を欲しているのは当たり前だろう」
「うん、だよね…ごめん」

 すっかりしょげ返ってしまったミズチの横顔を見つめるとシグレは背を撫でていた手をあやすようにぽんぽんと叩く動きに変えた。

「人の感情から魔力って生まれるん?」

 ふと思ったことを問いかける。魔力の根源などについては、シグレの中に埋め込まれた知識では知り得ない事だった。
 その言葉にレイルが頷き、毛皮の床敷きに腰を下ろした。

「あぁ、魔力は人間の元々の資質も関係あるが深いところにある感情からも得られるんだ。それは無意識な物でもあるから、普段魔術を使えない者からも発せられる事がある」
「で、精霊はそういう無意識の力を吸収する能力があるんだよね。それが精霊が弱りながらも存在していける理由って感じかな」

 説明を聞きながらミズチから手を離すとシグレも座り、それに続きながらミズチも座ると説明に付け足しを加える。二人の話によれば、魔法石などを一般人が使えるのは、石に込められた微量の魔術が人の無意識化の魔力に反応してのことらしい。なるほど、と納得してシグレは深く頷いた。

「じゃあ、その魔力を欲してあんだけの竜が出てきたってこと?」
「そうなるな。」
「で、結局許可は得られたん?」
「うん、それは大丈夫。気配の中に巣の主の気配もあったし」

 言ってミズチが盛大に欠伸を漏らす。

「多分、あの時に竜の中に主も居たんだと思う。アタシは舞に集中してたから姿は見れなかったけど…一際大きな真っ赤な火竜の姿があったんなら、それだよ」
「真っ赤…」

 その言葉に先程の女の姿を思い出す。
 レイルは幻覚や幻聴だと言っていたが、余りにもはっきりと記憶に残る表情と声はゾクリと背筋を震わせた。──お前が滅ぼす。あの言葉を思い出して、また不安が込み上げる。それがどうにも自分でも理解出来ない不安で、シグレは眉を寄せる。
 この世界に来て間もない自分の中の使命感なんてものは、浅いものだとシグレ自身思っている。実際、そこまでの使命感なんて感じては居ない。やれと言われたから、やらなければ進まないから、必要だと言われているから、だから自分は頷いてここに居る。
 その程度の覚悟で、と自分でさえも思うが。しかし、だからこそ滅ぼす事をここまで不安になって怖く感じる事が疑問に思うのだった。
 自分は、そこまでこの世界に強い感情は無いはず、なのに。

「シグレ?どうしたの?まだ気分悪い?」

 不意にミズチに声を掛けられハッとシグレは俯いていた顔を上げた。どうやら、知らずに顔が下向いていたらしい。

「え?あ、うぅん、大丈夫。ちょっと眠い、んかな?」
「…今夜はもう休め。明日は朝も早い」

 感情を誤魔化すように眉尻を下げて薄く笑ったシグレにレイルは言葉をかけて立ち上がり、折り畳まれた寝具を取って床に敷いていく。

「なんか、レイルってお母さんみたいやな。いや、お父さん?」
「ぶは!おかあさん!」

 感じた事を口に出して甲斐甲斐しく寝る準備をするレイルの姿を見ていたシグレにミズチが思い切り噴き出し笑い出した。ピタリと動きを止めたレイルがじろりと視線を腹を抱えるミズチに向けると、その無言の圧力にミズチが笑い止め姿勢を正す。単純にレイルの視線が怖かったらしい。
 そんなやり取りに軽く笑いが込み上げて咳払いで誤魔化すと、敷かれた布団へとシグレは四つん這いに近寄って乗り上げる。

「おい、まだちゃんと敷けてない」
「ん〜、もう眠いもん。」

 子供のような言葉に盛大に溜め息を吐き出すと、寝る体勢に身を丸めてしまったシグレに掛け布団を掛けてレイルは残りの寝具を用意していく。

「ふは、ホントにお母さんだなぁ。」
「…うるさい、早く寝ろ」
「はぁ〜い」

 また笑い出したミズチに低く告げるとレイルはテントの中を灯すランタンを消した。





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