竜の住む山。



 翌日、シグレは言われた通りに神殿の前でレイルと待っていた。
 と言うのも、昨日の儀式を終えてからの話で竜王に力を貰いに行く事になったは良いが、如何せん、竜の巣への道が分かる者が今の時期聖都に不在と言う事であった。帰るのは翌日の正午過ぎ。そう言われ、二人は待っているのだ。
 どうやら昨夜は余り眠れていないらしいシグレが、ひとつ大欠伸を漏らすと自然と浮かんだ涙に潤んだ瞳を眠たげに目の前のドラゴンの石像に向けた。
 咆哮を空へと上げるかのように口を開いて顔を見上げさせた大きな姿、広げた翼で視界から空がフェイドアウトしている。

(よぉ、こんなん造るな…)
 どうにも場違いなような事を考えながら、シグレは再び大欠伸を漏らした。


 それから十分程だろうか。立ちぼうけにも飽きたらしいシグレは遂に地べたに座り込んでいる。胡座をかいた膝に肘を乗せだらしのない格好で頬杖をつく彼女を、レイルは見下ろすと鼻から溜め息を出した。そろそろ、このやる気の見えない態度にも慣れたようで、文句は出てこなかった。
 と、不意にシグレが声を上げる。

「どうした?」
「いや、お腹空いたと思って」
「……朝飯を食わないからだろう。」
「朝は入らんもん」

 言って眉を寄せたシグレに、本当に選ばれた者がシグレで良かったのかと些か不安になるが、レイルはその不安を再度漏らした溜め息に流した。
 それから更に数分、視界に一人の少女がこちらに向かう姿が目に入ってきた。
 ミルクティー色の長い髪を右側の高い位置に纏めて留めており、こちらに向く気の強そうな猫目は金色。その左目の下には刺青なのだろうか、勾玉模様がひとつ、青く浮かんでいる。華奢かとも思える細いラインの体ではあったが、露出した四肢は引き締まり、ただ細いだけの体ではないのだと言う事が分かる。

「あ、もしかしてアンタ達が竜の巣に行きたがってる人ら?」

 パッチリと長い睫毛が濃く上向きになった眼差しを二人に向けると、少女は不躾に声を掛ける。と、レイルの顔を見ると、その大きな目を細めてしまった。

「なんだ、アンタだったの、レイル」

 声を掛けられた先にシグレは顔を向けると、また知り合いかと言いたげに片眉を上げた。どうにも、出会う人出会う人と繋がっているらしい相手の顔の広さに感心を覚えざるを得ない。
 しかし、当の名を呼ばれたレイルは眉を寄せてジ、と少女を見つめている。

「まぁ、良いわ。で?また竜の巣に何の用?」

 軽い調子で問いかけた少女は肩を竦めさせて二人へと歩み寄る。身長は相手の出現にゆっくり立ち上がったシグレよりも高く、シグレは自然と上目に少女を見上げる形となる。とは言っても、身長が150しか無いシグレにとっては、この世界の住人ならず大抵は見上げる形となってしまうのだが。
 不可思議な金色の瞳をマジマジと見つめていると不意に少女はシグレを見やる。視線が合って思わず心臓が跳ねると、シグレは視線を逸らしてしまった。

「ミズチ、こいつはシグレだ。…ミストラルの人間では無い」

 二人のやり取りを見ていたレイルが口を開くと、少女、ミズチはレイルとシグレの顔を交互に見やった。その顔は信じられないと言いたげで、益々とシグレを観察するように見やるとレイルへと顔を見上げさせた。その顔は、未だに疑いの色は隠せていない。もっとも、隠す気など無いのだろう。
 あからさまに疑いの眼差しでレイルに顔を向けたまま、何やら考えるように腕を組み視線を下ろすと、再びシグレを見やる。 

「ふーん、成程。異人かぁ…それで教皇様直々に声を掛けられたわけ、だ」
「ミズチ、信じなくとも、」
「信じないなんて言ってないでしょーが、レイルは相変わらずネガティブくんだな」

 ふん、と鼻から荒く息を出すとミズチは組んでいた腕を解いてレイルの胸に人差し指を突き付け告げ、長い息を吐き出した。
 そんなやり取りにシグレはポカン、と口を開くと何とも気の強い彼女の素振りに呆気にとられてしまった。それと同時に、レイルに対してネガティブくんだなどと失礼にも程がある発言、それに対してたじろぐレイルの姿に思わず笑いが込み上げてしまい気が付けば声を漏らして笑ってしまっていた。

「ふっ、ははっ、あはっ、ネガティブくんて、あたしでも、よぉ言わんわ」

 クツクツと喉を鳴らして笑うシグレに、二人は顔を同時に向ける。

「シグレ…」
「あ、ごめん。…あは、」

 何やら言いたげなレイルの顔に思わず笑いを止めて謝りを入れるが、やはり込み上げた笑いに短く笑うとハッとしてシグレは唇を引き締める。

「ふふっ、笑われてやんのー」
「元はと言えば、お前の発言のせいだろう」
「アタシのせいにしないでよね、アンタが元からネガティブくんなんだから仕方ないじゃない」

 どうにも二人のやり取りは仲の良い兄妹にしか見えず、シグレは可笑しげに顔を緩ませて笑うと二人の顔を見やった。短く息を吐き出してどうにか止まった笑いに咳払いをすると、シグレは唇を開く。

「なぁ、話進めん?」
「「あ。」」

 シグレの苦笑混じりの言葉に思わずハモって声を漏らすと、レイルとミズチはお互いに寄せ合っていた眉を戻してシグレへと顔を向けた。

「あははー、ごめんねぇ。とりあえず、ここじゃ何だし中に入ろうか」

 言って指差したのは背後の神殿。昨日の聖殿である神殿よりは少し小さいが、それでも細かで繊細な彫刻の施されたそこは神々しさと仰々しさを感じさせられる。歩き出したミズチの細い背を追って二人は神殿へと入っていくと、そのまま参拝者の少ない拝殿を通りすぎ奥へと向かう。歩きながらミズチが、ここは竜を奉る神殿なのだと教えてくれた。
 近年、精霊の減少により竜の姿は少なくなったが、それでも人にとっては恐ろしく、そして一番精霊と神に近しい存在として崇められているのだそうで。シグレの頭の中にある竜――つまりはドラゴンのイメージは、凶悪にして凶暴、人の害になるような、そう、それはゲームの中で勇者に蹴散らされる役割の姿でしか無かった為に、ミズチの話には意外とばかりに興味を向けた。

「竜はね、元々は人と共存していた精霊なんだよ。」

 そう言ったミズチの横顔は、何だか寂しそうに見えた。

「だけど、…うぅん、この話は今は良いか。今は、竜の巣だったね。」

 言いながら行き着いた先の扉を開くとミズチは二人へと振り向いた。その先には、異国の装飾布が壁に掛けられた、どこかアジアの匂いを感じさせるような今までと違う雰囲気の室内で。二人をその部屋へ招き入れると細かな民族的な刺繍の施された床敷に幾つか置かれた尻を覆う程の大きなクッションの一つにミズチは腰を下ろした。
 座って、との言葉にシグレとレイルもクッションに腰を下ろす。今までと違い、途端にどこかアジア圏内の海外にでも来たかのような様子にシグレは興味深げに部屋を見渡した。そうして下ろした視線の先に、クッションに胡座をかくミズチの姿。

「今は、巣のある山は活動を活発化させてる時期だから…行ったとしても容易には登れないと思う。それでも行く?」
「あぁ、その為にお前に会いに来たんだ」
「あは、だよねぇ。…はぁ、こりゃ、腹括るか」

 実に面倒臭げに、ミズチはレイルへと苦い顔を向けた。






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