竜の住む山。



 目的の山は現在、活火山と化しておりその直ぐ麓には水属性の強い森林が広がっている。その森林の中央に大きな湖が動物のみならず旅人のオアシスとして存在しているのだが、そのお陰か山の火属性の影響と相まって山の入口から中腹までは火山活動時には物凄い湿気と熱気が立ち込めるのだという。
 説明を聞いて一言、シグレは「うえ、」とあからさまに嫌な声を漏らした。

「でしょ?うえ、でしょ?無いよね。」

 その反応に嫌な顔をするどころかミズチは大きく頷き真剣な顔をして同意する。元来、面倒ごとが嫌いなシグレの言葉には慣れたレイルであったが、案内を頼まれた当人からもそんな事を言われてしまえば何とも言えない疲労感と呆れに襲われた。

「文句は後で聞かせてもらう。それよりも、いつ出発出来る」
「ん〜…そっちにも用意あるんじゃない?こっちも準備したいし、明日の早朝に街の北出口に集合でいいかな?」

 彼の言葉に視線を流して咳払いをするとヒラヒラと顔を扇ぐように手を揺らしてミズチは告げた。その言葉に静かに頷くのはレイル。シグレは二人の顔を見比べた後、ひとつ静かに頷いた。




 ─── 翌日、朝日も上らぬ内に聖都の北口の前には二つの影が。
 その一つは長く、がっしりとした体躯で、もう一つはそれに比べ随分と小さくまるで大人と子供が並んでいるような影であった。勿論、その二つはレイルとシグレの影であり、二人は昨日ミズチに言われた通りに山側の出入口である開放された北口の門の下で彼女の登場を待っていた。
 日の出が始まり薄く街全体が朝霧に白く染まり始め、シグレが何度めかの欠伸を盛大に漏らした頃になって漸くミズチは現れた。その姿は暑さを防ぐ特殊なマントを纏い、その下は体にピッタリとしたラインの白地に深い山吹で装飾の施された神殿の正装であった。深いスリットの入った膝上丈のワンピースのようなトップスからはすらりと引き締まった脚が黒の七分丈レギンスに包まれ伸びている。しかし、カッチリとした首の半ばまである襟元は開かれ少々のだらしなさを匂わせて着崩すのは、ミズチの開けっ広げな性格を表したかのような印象すら見受けられた。

「お待たせ、ゴメンね!ちょっと神殿長にお小言言われてた」

 軽い調子で正装と同様に何やら紋様が山吹色のラインで装飾された白いグローブで包まれた手をひらつかせながら告げると、ミズチは腰に下げた冒険者用のカーキ色のウェストバッグへと手を寄せた。膨らんだそれを二度叩くと口端を上げて笑顔を浮かべる。

「それじゃ、行こうか。準備は大丈夫?」

 確認するように問い掛け二人の顔を見ると、自分よりも低い位置のシグレの顔を見た途端に思わずミズチは真顔になった。

「え、何か凄いクマなんだけど」

 驚いたように告げられた言葉の通り、シグレの両眼の下の肌は周りの肌よりも幾分も暗く、くっきりとクマが出来ていた。
 その指摘にシグレは大きくゆっくりと瞬きをして眠たげな視線を不機嫌な様子でミズチへと向ける。

「…眠い。」

 一言漏らせば、また欠伸。思わず苦笑いを漏らしてミズチは頭を掻いた。

「まぁ、いざとなればレイルが面倒みるってことで。」
「…うむ」
「お前ら…シグレ、頼むから歩きながら寝ないでくれよ?」
「…うむ」

 ミズチの言葉に半ば寝言のような返事を返すシグレに盛大に溜め息を漏らすとレイルは今にも眠ってしまいそうな姿に呆れ混じりに言った。返されたのは、また寝言のような頷きではあったが。
 朝の清んだ冷えた空気が肌を冷やす内に、三人は歩み始めた。




 まずは山の麓に広がる森へと向かう。水の属性の強い土地の為に、火山の麓と言うには涼しく、また、動植物も多種多様に見受けられる。勿論、それと同時にルグルや魔物も徘徊しているのだが。行く手に魔物らが阻むとなればそれを排除するのはレイルの役目である。しかし驚いたのはミズチまでもがその隣に立ったことだろう。一見して溌溂(はつらつ)とした少女は、その細く引き締まった体を軽々と動かしては魔物へと一撃、二撃と拳を叩き込んでいく。時には高く飛び上がり自らの体よりも何倍も大きな魔物を蹴り上げては致命傷を与えていく。
 生粋の武闘家、その言葉がピッタリと合う程に荒々しく、しかし繊細に、まるで舞いを舞うかのようにミズチはレイルと共に道を切り開いていった。
 レイルはというと変わらないペースで淡々と魔物を切り捨てていく。時には魔法を使い風で切り裂きながら、空中の水分を凝固させ氷と化したそれを鋭利なつららのようにして打ち落とす。
 二人は強かった。
 その事実は戦闘能力の無いシグレにでさえ、見て分かる程であった。時には楽しげに見える様子で魔物を、魔族の造り上げた生体兵器を打ち倒していくミズチ。マイペースに見えて、しかしその呼吸に合わせて魔法でアシストをし、自らも剣を振るうレイル。その様子を、シグレは見つめていた。

(世界のこと、頭に叩き込まれてもスキル的には平凡のままかぁ…)
 ぼんやりと、思う。どこか映画を見ているような気分になりながら魔物らの血液の匂いが漂う道中を二人の少し後ろをついていく。
 ふと、そこでシグレは辺りを見渡した。

「なぁ、ここら辺ってこんなに魔物とか多いもんなん?聖都からはそんなに離れてへんのに」

 そう言ったのは、聖都から離れて一時間ほどの事。ここに来るまで、聖都の間近では現れなかった魔物らも多出するようになっていた。だが、整備された道の脇には聖都の魔物避けである碑石が幾つか確認出来る。それに気が付いたシグレはおかしい、と眉を寄せ二人の背中に声を掛けたのだった。






- 8 -


[*前] | [次#]

top



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -