｢あ、｣｢？…うわ｣ 今日は大学の講義もそこそこに、雲行きが怪しい中、本部へ向かった。模擬戦で個人総合ランク一位の実力に相応しく圧勝し、気分良く帰ろうとしたときだった。バケツどころかプールをひっくり返したような雨に俺は足を止めた。 傘なんてものはないし、走って帰ってどうにかなる距離でもない。トリオン体で帰る手は前に似たようなことやって忍田さんにこってり絞られたしなあ。かといっておめおめ濡れ鼠になるのもイヤだ。 誰か送ってくんないかな。なんなら忍田さんが帰るまで時間を潰して、乗せてってもらえばいいか。 そう結論づけて踵を返したそのとき、自分の恋人がこっちに歩いてくるのが見え、思わず声が出たのだが。 ｢うわって何だよ｣ ｢会いたくない奴に会っちまったなと思って｣ ｢それが恋人に対する態度か？｣ ｢特別なのは確か｣ ｢そんな特別いらねーから｣ 軽口を叩き合うのは恋人になる前からの俺らの十八番だ。テンポの良い会話は心地良く、雨の不快さを忘れさせてくれる。どんよりとした空に似合わないキラキラした金髪の男の手には傘。ラッキー、とばかりに集る。 ｢＿＿＿今帰りだろ？傘、入れてくれ｣ ｢はあ？お前、天気予報で降水確率80％っつってたのに傘持って来てねぇのかよ｣ ｢天気予報とか見てない｣ ｢アホ川｣ べしっと頭を叩かれる。まあ見てても80％なら傘持ってこなかっただろうけど。100％じゃないならいらねー気がするし。 パンッと＿＿＿の無地の真っ黒い傘が開く。うわあ＿＿＿の腹ん中ぐらい真っ黒だな。 ｢濡れても文句言うなよ、慶｣ ｢！おう｣ わざと＿＿＿の肩に俺の肩をぶつけると睨まれた。お前三白眼もいいところだから怖いぞ。嫌いな雨なのに何だか楽しくなって笑ってしまう。 バカをやりながら歩いていると、あれだけ遠いと思っていた家がもう目の前で、一気に冷めてしまった。早くねえ？もっとゆっくり歩けばよかったな。ぱったり俺が口を閉じたからか、＿＿＿も何も言わなくなった。パタパタと雨が傘に弾かれる音が耳につく。 何となく離れがたくて雨の中二人でぼうっと突っ立って、どれくらい経っただろう。不意に頭を撫でられた。＿＿＿だ。雨だから猫っ毛ひでぇな、なんて笑いながらわしゃわしゃされる。なんだか胸のつっかえが取れた気がして、お返しに＿＿＿の髪を触わる。金色のそれはワックスで硬かった。ホントはさらさらな癖に、勿体無い。 そういえば、前になんかで金色は日本じゃ月だけど、外国じゃ太陽の色だって聞きかじった気がする。 ｢＿＿＿の金髪は、太陽の色だな｣ 考えるより先に口をついて出たそれは、我ながらぴったりだと感じた。＿＿＿は目を僅かに丸くしてから、そっぽを向いた。耳、真っ赤だ。 ｢…よくそんな恥ずかしいこと言えんな｣ 流石20歳過ぎても恥ずかし気もなくあのコートを着る男、と続いた言葉に首を傾げる。いや、あのコートカッコイイだろ。＿＿＿は何だか微妙な顔で口ごもっていたが、諦めたのか俺を玄関へ押す。 ｢ほら、濡れてなくても寒いと風邪引くぞ。早く風呂でも入って来い｣ ｢ん。送ってくれてありがとな｣ ｢まあ、一応恋人だからな｣ いたずらっ子みたいな笑顔に胸がキュッと締め付けられて、気づいたら＿＿＿にキスをしていた。 あ、＿＿＿の肩…。 正面に向き直ってやっと気づいた。＿＿＿の左肩がずぶ濡れだ。対して俺の右肩は一滴だって濡れていない。ああ、雨もなかなか、悪くない。 to list |