小説 | ナノ
世界の何処かに居たひとり


視界の端を過ぎった彩色に、何故か意識を留めた。
中佐という肩書きを持つ自分は常に気を張り詰め、任務を全うすべくしっかりしてなければならないのは当たり前なことなのだ。
しかし、今は少しばかりの休息を取っているせいかいつもならば興味さえ惹かれない筈の色に目がいった。

各自思い思いの行動をしている中、一般兵士に支給される頭部を保護するためのメットを外す者も少なくない。だから彼らの普段隠されてしまっている色彩を見ることができるのだが、ロッシュは見た事がない色に気を惹かれた。ほの暗い青みを帯びているようでも、実際はグレイ系統の不思議な髪色。光に当たっているせいでパールグレイと例えてもあまり相違はない。


他の者より僅かに長く柔らかなウェーブのかかった髪を朱色の紐でひとくくりにして纏めている。
戦士にしては少しばかり頼り無い気もする華奢な身体つきは、一目見て女性だと判断できた。



「ロッシュ中佐、どうなされました?」



自分の背後に佇んでいた一人の兵士が、一点を見つめたまま動こうとしない彼を見て不思議そうな声を上げる。
しかしそれに答えたのは、別方向より歩み寄ってきた別の兵士。



「お疲れ様です。 今回の魔物討伐作戦にて我々が協力させて頂く運びとなりました、今隊長をお呼びして参りますので」



そう言うと兵士は、きっちりと訓練された動きで身体を翻し去って行く。
兵士の動きにつられロッシュが視線を滑らせていき、辿り着いたのは驚く事に、先ほどロッシュが目を留めていた人物であったのだ。
僅かな驚きと共に、どうしてか早まる焦燥にも似た鼓動を感じた気がして悟られぬように、口を硬く結んだ刹那声をかけられた他の兵士よりきちんとした軍服を纏うその人物は振り返る。

遠目で見たその不思議な色彩を持つ女性は軍人とは思えぬ整った顔を、緩ませた。
自分に笑いかけたのではないと知っていても、動揺せざるを得ないほど彼女の表情は驚くほど柔らかいのだ。そう意識がこの場には似つかわしくない程の雰囲気を湛えた女性を認めたとき、確かにその時からだったのだろう。ロッシュ、彼が後に知る名前と共に彼女を意識し始めたのは。



「初めまして、私が小隊長を務めるメイルフォード・ベンメリアです。 短い作戦の中であるけど、なに、邪魔にならないよう我々は先行します。

 中佐達は防衛と市民の保護を頼みます。戦うのは我々だけで十分です、その為に呼ばれたようなものですから」



そうだ、彼女らの部隊は聖府軍の中でも異質な存在だった。
たった数十名ほどの兵士で構成された別名『先行特攻部隊』、我々のように軍の任務を全うするよりも、魔物が関わるような危険を伴う作戦で犠牲を減らす為に急遽結成された一番リスクの高い部隊だと。そんな過酷な世界を率いているのが、この目の前に居る女性だと思うとなぜか酷く無情な戦場を憎みたくもなってしまった。しかし、我々は戦うために此処に在るのだ。だからこそ余計に、目の前で楽しげに笑う彼女が不思議でならなかった。



「……なぜ、そんな部隊を勤めているというのに笑っていられる」


「ッ、ロッシュ中佐!」


思った以上に、酷な言葉にも聞こえただろう。それはそうだ。ロッシュでさえ沸き起こる疑問を隠しきれなかったのだ。彼の言葉にまずいと思ったのか、メイルフォードを呼びに行った兵士が焦った声を張り上げる。しかし投げ掛けられた質問でさえ、メイルフォードはまた笑って返すのだ。まるでそうすることしか知らないかのように。




「生きているからに決まってるじゃないですか、中佐」




黒真珠にも似た、
戦場の一瞬の内に訪れてしまうかもしれない終わりを恐れはしない輝きを、純粋な漆黒を認めたくなかった

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