小説 | ナノ
ショコラアイン・オクテット







今日はやけに人々の雰囲気がやわらかいと思えば、少しだけそわそわと落ち着きのない女性兵や高揚気分の男性兵士と。世の中のイベントには少し疎いというか、関わる暇がないロッシュにとってあまり関係のないことであると思えたからか。粗方仕事を終えて執務室へ足を運んだ時だ。


「あら、ロッシュじゃないの。 お先にお邪魔してたよ」


やっほーと暢気に備えられたソファへ腰掛けていたのは、この部屋を使う理由が無い筈のメイルフォードであった為に彼は一瞬呆気にとられる。だがすぐにいつもの表情に加えて僅かに呆れたかのような雰囲気を含んだ目で見つめれば、彼女はそんなロッシュの反応をする理由に気がついていないようで小さく瞬きを繰り返す。そんな彼女の手元や目の前のデスクには、鮮やかに包装された微かに甘い香りを漂わせる菓子達。ああそうか、今日はあの日だったなと何処か他人行儀な思考のままメイルフォードの隣に腰掛ける。軍服のままチョコレートを頬張る彼女がどこと無く笑えてしまう。


「しかし、どうしたのだこれは」


「えーっと…来る途中で貰った。普通今日って女性が男性にあげる日だったよねぇ。それにこんな人たちからも大量に送られてきたからどうしたものかと思って、とりあえずロッシュのとこに持ってきたのさ」


「私に頼られてもな…ちなみに、その大量に送ってきた人というのは…?」


「ん、」



ロッシュが来る前にいくつの菓子を制覇したのだろう。空いているソファの上には数々の手紙やら包装紙やら、中には簡素なドライフラワーの花束まで添えているらしかった跡が見られた(誰だそんな物を彼女に送った奴は)山から、手に持っていたチョコレートのかけらを銜え左手でひとつのカードを差し出す。それを受け取り、裏返してみれば端正な字でこう綴られていた。『君の為の空駆ける騎兵隊准将とその部下より』。胃が僅かに痛みを訴えた気がした。だが彼女にとっては誰に貰ったかということより、甘い菓子を沢山食べられることが嬉しいらしく至福そうな笑みを称え、チョコレートを頬張るものだからロッシュはつい最近流行り始めているという逆チョコなるものを用意すればよかったと、今更ながら一人の男として後悔して少し落ち込んだ。
どうして俺はこんなときに限って不甲斐ないのだろうか。

一人で勝手な自己嫌悪に陥っているロッシュを、どう勘違いしたのか隣で黙り込んでしまった彼をメイルフォードは横目で眺めていたが、不意に開けていた箱の中にシガーチョコを見つけひとつ摘まむと彼を見た。


「ロッシュ」


「……なん、ッ」


名を呼ばれ、彼女の方を向き口を開こうとした途端口の中にチョコレートを突っ込まれロッシュは愕然とする。本当に驚いたらしく普段軍人らしく険しい光を宿した双眸はそこになく、ただ純粋な薄紫の瞳を見開いたまま止まってしまった彼を見て、メイルフォードはあまり聴いたことのないような盛大な笑い声を響かせた。


「ちょっ、あはは…!ロッシュその表情やめなよ馬鹿っぽいッ」

「―――ッ馬鹿っぽいとは何だ…!突然やられたら誰であろうと驚く!」

「あーもうやだ…あんま笑わせないで」


先ほどよりは少し収まったが、必死に抑えようとするせいで彼女の表情は引きつった笑みのまま。どうしてか少しだけ今のままじゃ納得行かず、ロッシュは不意に手を伸ばすとメイルフォードの頬に手をかけ、あえて唇ではなく口の端についていたチョコレートを舐め取るように舌を滑らせれば、今度は彼女が馬鹿みたいに唖然として硬直するターン。



「見くびらないで欲しい」



彼にとって真剣だったのだろう。しかし真っ赤な顔で言うものだから、彼女が口付けにも似た行為をされたことよりロッシュの様子がおかしいから再び笑い出すに時間は要らなかった。この日の彼らにとって、甘美な筈のチョコレートの甘さはただ温いスパイスだ。

(ロッシュにそんな台詞まだ早いよ)(………)
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ハッピーバレンタイン!皆さんはチョコ食べましたか?
なんか初めて書くような感じに、でもこんなのも楽しかったです。
時間設定は軍部所属時代!

(元拍手御礼夢でした)

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