小説 | ナノ
アインハルプ少女


私はPSICOMの兵士として少しばかり特殊、というよりも浮き立つ存在。下界からの防衛を主に受け持つ我々は前線に立てる力量を兼ね備えていなければならない。軍人に成り上がる為の士官学校ではそういうことを学んで来たはずだろうに、と同僚に笑われたことだって記憶に真新しい。だけど私は皆と違って唯一誇りたくないけど、胸を張って自己を主張出来るものと言えば、引っ込み思案なところだ。女らしいではないかと優しい人は気を使ってそう言ってくれるけど、自らが願って目指したPSICOM兵士としては不名誉だろう。だから常日頃からメイルフォードは気弱な性格が招くネガティブな感情を表には出さないよう努力していたが、ある日の任務のことだった。


いつものように無事任務を終えて、各自思い思いの休憩に入る頃、メイルフォードも頭部を守るヘッドギアを外し、いくら鍛えていたとしても重いサブマシンガンを降ろし手頃な場所に座り込んだ。皆の輪には入らないが、少し高い見晴らせるとこ。軍人であるくせにビビり屋な私のささやかなとっておき。ストレッチするために背を僅かに反らせた際、私のちょうど真後ろにロッシュ中佐が私を見下ろすように立っていたものだから反射的に、


「しっ、失礼いたしました!中佐がいらっしゃったというのに気が付かずに…!」

小心者な自分は直ぐさま立ち上がり敬礼。もちろん言葉が焦りすぎて躓き加減なのは既にオプションだ。
しかし彼はそんな私の様子に慣れているのだろう。滅多に厳しい表情を変えぬその端正な口元に、緩やかな孤を描く。

私がPSICOMに入りたかった理由のひとつに、もし叶うなら彼の元で市民の為に戦いたいという気持ちもあった。一歩を踏み出すのは酷く怖がるくせに、踏み出したら止まらないのが私。いつか見た夢を叶えることができた。誰よりも市民の為を思い力を惜しまない、そして人を守るのは人だと。入隊間もない私にかけてくれた言葉を、忘れることはない。私が彼を思い続ける限りは。

中佐は任務のときに見せる生真面目な雰囲気は一切なく、静かにメイルフォードの隣に立つと口を開いた。

「メイルフォード、先程聖府より君の一時的な所属部隊異動令が来た」

「………え、」

「君は明日よりPSICOMから数ヶ月間異動し、広域即応旅団―――名前くらいは知っているだろう。通称『騎兵隊』へと移るようにと」

「……びっくりしました、てっきり軍部退役命令かと…」


しかし、突然なる出来事に思考が追い付かないのが正直なところで、メイルフォードが静かに息を零す。やっと戦闘に慣れてきたというのにという気持ちと、隣に立つロッシュ中佐とは暫く会えないだろう。下手をしたらそのまま、ということも有り得なくはない。そんな気持ちを悟っているかのように、ロッシュは軽くメイルフォードの肩を叩いた後、背を向けて私をこう送ってくれたのだ。


"君が戻るのを待っている"、と。



メイルフォードはあれ以来ずっと彼の言葉を胸に騎兵隊での仕事を難無くこなしてみせた。どちらかと言えば戦闘よりもともと機械を工作するのが士官学校時代より得意だったメイルフォードであるから、戦闘機やら先鋭兵士が使用する武器の修理などというPSICOMではあまり縁のなかった仕事ばかりだったが、いずれこの経験がロッシュ中佐の元に戻る際役に立つことができれば。そう考えたなら、派手に振る舞わなくても努力出来た。数ヶ月経って、このまま行けば何もなくまたあの場所に戻れるだろうと。しかし、メイルフォードの考えとは反して騎兵隊の中で既に彼女は有名になっていた。原因は、今自室に戻ったメイルフォードの部屋に何故か居座る彼のせいである。


「………あの、准将」


夕暮れの鮮やかな色に染まりつつあるメイルフォードへ宛てがわれた部屋には外の眺めを眺望出来るガラス張りの窓が幾つもある。それはあまり自分の意見を主張出来ないメイルフォードが唯一ハッキリと望んだこと。騎兵隊に就き、彼等を率いるシド・レインズ准将との挨拶を終えたとき、不意に彼が聞いてきたからだ。


『―――もちろんPSICOMに居た頃とは異なる任務に戸惑うこともあるだろう。私も出来る限り尽力は惜しまないつもりだ、何か要望はあるか?』


あまりに真摯な瞳で見つめられるものだから、メイルフォードは最初戸惑うしかできなかった。准将はただでさえ若いなりに風格があり、どこか威厳にも似た高貴さがあるような錯覚を覚えてしまう強さがあるのだ。そんな彼にそう言われると、どうしても後込みしそうになるが、唐突に視線を逸らした先に見えた色があった。

『―――空が、』

『空、?』

『見えるなら構いません、好きなもので…』


もしかしたらシドは覚えているのかもしれない。私があの時望んだものとその時込められていた意味を。だからかわからないけれど、彼は暇さえあればいつの間にか私の自室に来ては勝手にティーセットなど何処からか持ち込んでは、窓の方へ向けられたソファーに陣取っている。必然的になんで私の部屋にいるのだろうとか、それ以前にどう間違っても恋人同士ではないからリグディ大尉の話じゃもう変な噂話が艦内では持ち切りらしい、それらに対して言ってやりたいけれど、やはり私。上官に逆らう理由もないし、平穏に過ごしたいから口をつぐんでいた。


「……君が空を焦がれる理由を考えていた」

「それよりも、私はお伺いしたいことがひとつあるのですが…」

「恐らく私が行き着いた答えがすべてだろうな」

「………」


また、だ。
准将は私が聞きたいことを言いくるめて話を進めてしまう。私が中々切り出せないせいもあるのだろうけど、彼はなんでも見透かしているように。不意に立ち上がりこちらに向き直るシドは、唐突にメイルフォードの腕を取ると彼女の身体を抱きすくめる。あまりにも突然なことにただでさえ気弱なメイルフォードは、恥ずかしさと困惑に思考が追い付かない。ましてや恋愛経験が少ないから、男性にこうされたことなど数えるほどもない。大きな双眸を白黒させながらただ硬直してしまうメイルフォードを抱く腕は緩めずに、シドは緩やかな声を零した。


「君が私のことを気に留めていないことも、他の人を好いていることもわかっているつもりだ。それでも、」


そうやっていつもの自信に満ちた顔を僅かに悲しそうに歪めた気がした。私が彼をそんな表情にさせてしまっているのだとわかっていても、私はシド・レインズに応えられない。だって、ロッシュ中佐の言葉を忘れることなんて出来るはずがないのだから。

するりと滑る彼の手がメイルフォードの頬を緩やかに包んでも、彼女はただ困って双眸を伏せてしまう。もし、メイルフォードに早く出会えていたのならという気持ちが本当に伝えたい君自身を困らせた挙げ句、傷付けてしまっていたのだろう。



「メイルフォードの気持ちが私に無くとも、私は君を諦めるつもりはない」



(どうかこのまま傷付けるなら、時間ごと私が薄れてしまえればよかったものを)
――――――――――――
リクエスト第一番、ロッシュ←夢主さん←シドな切なめ?の夢でした。
ゆり様お待たせいたしました!
しかし皆別人、怖いくらいに。得にシドさん。
もっと甘いというか、シドさんの猛アタックを書きたかったのですが、私が書くとどうしてか変態になってしまうので自重しました。しかも気合い入れすぎてロッシュとの絡みも交じってますし…彼が好きという設定のリクエストを頂いた瞬間からもう様々な妄想展開が止まりませんでした…←
この作品はリクエストされたゆり様のみお持ち帰り可能です。
少しでもお気に召して頂けたら幸いでございます。
それではリクエスト誠にありがとうございました!

(10.1/21 up)
《アインハルプ》
ドイツ語で二分の一

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