小説 | ナノ
命に終わりがくるように永遠の長さは不十分だった




辺りは暮れだした。
臨海都市ボーダムは元々リゾート地として有名であり、大型のショッピングモールなども備えてあり常に賑わいが耐えない都市であったが、
今日という日は一際活気付く。年に一度行われる盛大な花火大会があるからだった。

願いが叶うという噂が立ち始めたのはいつごろかなんて気にする者は少ない。
皆はそんな口伝えの話より、互いにいられる時の方が大切であるに決まっている。
だからそんな噂にあやかって集う恋人達や家族、兄弟や仲間。
誰もが信じてやまない不変である幸福を願う日でもあった。幸せでいられるように。共にいられるように。願いが叶いますように。


しかし、少し離れた浜辺にて花火が始まる少し早い時間から一人佇んでいる男がいた。
人々の賑わいから外れたこの場所は、ただでさえ人通りも少ない故に彼を不振がる者もいない。
男にとって好都合だった。何せ、彼は中佐という肩書ゆえにこういう地には似合わぬ堅苦しい軍服を着ている。
薄明るい紫色の、いつも少しだけ険しい光を宿す双眸は今は無い。
沈み行く夕暮れに照らされた海の様子をぼうっと見つめている、静かな心を複製しただけの光の無い瞳。





―――嘗てある日、約束した人は来ている筈が無い





あの時、勇気を出して強引な我侭とも言えた私が言った約束。
今思えば彼女は行くとも、何も言ってはいなかったではないか。
ロッシュは夜が混じり始めている世界から目を逸らす様に瞳を閉じる。私がいる此の場所が静かで良かったと思う。
そうでなければあの日以来会えないメイルフォードの事を思い出すことができない。雑音など要らない。すべて今の私の背を押しているのは下界を恐れる人々を守るという理想を目指すリアル。
懐古されるセピア色の褪せた彼女の姿、振る舞い。しかし、どうしてだ。あなたの漆黒に塗られた永久なる色だけは意識の片隅にいつも在った。
遠くで人々のざわめきが更に沸き立った気がする。花火が上がり始めたのだろう。色鮮やかな其れが酷く憂鬱がかっている気がして、ロッシュは踵を返す。
いつまでもこうして昔に浸っていられるわけがないのだ。砂を踏みしめる私の足音がやけに大きい。擬音にも成り切れぬ。もう閉ざしかけていた彼の希望を掘り起こしたのは、ある筈の無い声だった。




「仕事をサボって花火大会、部下から見ればうらやましい光景だねぇ」




もうどれぐらい聞いていなかったかわからない為に、それが漆黒を抱く彼女の物であると理解するに時間がかかった。
静かに振り返れば、先ほどまでロッシュが立っていた場所に彼女はいた。エアバイクの音など聞えてなかったのに、メイルフォードは其処に居たのだ。彼女の背には海と絶え間なく打ち上げられ夜空に咲く花火しかない。



「―――メイルフォード…?」


「君の願いは叶ったのかな、ロッシュ」


「……っ、あなたには関係のないことであろう…!」



突然に腰に挿していた剣を抜きその切っ先は悠然と佇む彼女へと向けられた。それなのに対する彼女はいつもの笑みを絶やさなかった。やめてくれ。
あなたにあのような心無い言葉を発したのは私の方であるのに、これではあなたが責められる側ではないか。信頼する部下を失い、それでも原因となる聖府に属する辛さを抱くのはあなたであるというのに!
しかし彼女に向けられた剣の銀色の煌きを照らすのは花火の鮮やかな色だけでなく、雪のようでも微粒な輝く結晶が二人の周囲を満たしている。
いつの間にか訪れた異変に、ロッシュは戸惑い一歩、後退する。メイルフォードは彼の困惑に塗られた表情を見て、静かに双眸を閉じる。そして背にいつも担いでいたダブルセイバーを右手で掴み、構える。
勿論その無慈悲な輝きが指した先はロッシュ。



「そうだね、君は"ベンメリア"を知らないから私とは相容れない」



淡々と告げられた知らない言葉。凍てついた痛みを抱く漆黒の双眸は、例えるならば常闇。
ロッシュが知ることができなかった彼女の名前の一片の意味を。二人を見つめる光は既にクリスタルのかけらによって創られていた。静かな終わりが呼び覚まされる。



「メイルフォード!」



痛烈に響く彼の叫びは、彼女の足元に輝く光の洪水に掻き消されてしまった。それは我らとは異なる民。神の虚像。誰かが謳ったみなしごの子守唄。
一度だけ笑った彼女の瞳には、ロッシュにとってこれで二度目の、そして最後の雫が輝いている気がした。





「ロッシュ、君だけは私を覚えないで欲しかった」





そして全ては次の日から崩壊する。
ガレンス・ダイスリーとコクーンのファルシを狙った各地の同時多発事件――ジニアが咲いた頃。
聖府軍の中でも異質であった彼らが反逆者となり、率いるメイルフォード・ベンメリアは後日、この事件を企てた者として一度命を絶ったのだと聞かされ以来探してもあなたに会えなくなった日は。

(不意に訪れた僅かな夢は今更流れる涙と同じ価値だったのか)


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